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福娘童話集 > お正月のお話し >火正月
お正月の昔話 第 2 話
火正月(かしょうがつ)
火正月
むかしむかし、ある大晦日の夕暮れ、村の金持ちの屋敷に空海(くうかい)という名の旅のお坊さんがたずねてきて一夜の宿(やど)をたのみました。
屋敷の主人は、お坊さんの身なりを見て、
「明日は、めでたい正月だ。きたない者に、貸す部屋はないわい! 出て行け!」
金持ちの屋敷を追われたお坊さんは、今度はとなりのあばら家に声をかけました。
すると、あばら屋に住んでいるおじいさんが言いました。
「わたしたちは貧乏(びんぼう)で、年越しの食ベ物は何もありません。あたたかい火だけがごちそうの『火正月(かしょうがつ)』でよかったら、どうぞ入ってください」
いろりには、あたたかそうな火が燃えていました。
お坊さんは、家にあがりこむと、
「食べ物なら、心配はいらん」
と、言って、背負っていた袋から何やら取り出して、お湯のわきたつなべの中に入れました。
するとグツグツグツと、香ばしい香りがします。
なべのふたを取ると、おいしそうなぞうすいがなべいっぱいに煮(に)えていたのです。
その夜、おじいさんたちは久しぶりにいい年越しが出来ました。
お正月の朝、お坊さんはわらじをはきながら、
「お礼をしたいが、何か欲しい物があるかね?」
と、二人に聞くと、
「何もいりませんよ。ただ出来る事なら、むかしの十七、八に若返りたいものですね」
「おう、そうか、そうか。なら、わしがたったあと、井戸(いど)の若水(わかみず→元日の朝に初めてくむ水)をわかしてあびなさい」
二人がお坊さんに言われた通りにすると、不思議な事におじいさんとおばあさんは十七、八才の青年と乙女に若返ったのです。
その話を聞いた金持ちは、遠くまで行っていたお坊さんを追いかけていって、
「お待ち下さい。こちらに、よい部屋があります。ごちそうもあります。上等のふとんもあります。ささっ、どうぞ、どうぞ」
と、むりやり屋敷に連れ込むと、お坊さんに寝る時間も与えずに、
「わしらも、若返らせてください!」
と、手を合わせました。
お坊さんは、眠い目をこすりながら、
「みんな勝手に湯をわかして、あびろ!」
その声を待っていたとばかりに、家中の者がわれ先にとお風呂に入りました。
するとみんな若返るどころか、全身が毛だらけのサルになってしまったのです。
「ウキー!」
サルになった屋敷のみんなは、山に走っていってしまいました。
そこでお坊さんは、若返った二人を屋敷に呼び寄せて、
「サルたちには、この家は無用(むよう→必要ないこと)じゃ。今日からは、お前たちが住むがよい」
と、言って、また旅立って行ったのです。
その日から二人は金持ちの屋敷で暮らすようになりましたが、困った事に屋敷には毎日のようにサルが入り込んできて、
「わしの家、返せ! キッ、キッ、キー!」
と、さわぐのです。
人のよい夫婦はサルが屋敷の元の持ち主であるだけに、気の毒やら気持ち悪いやらで、夜もおちおちねむれませんでした。
そんなある夜、二人の夢まくらにあのお坊さんが現れて、こう教えてくれました。
「サルがすわる庭石を、熱く焼いておきなされ」
そして次の日。
そうとは知らないサルが、いつものように庭石にペタンとお尻をおろすと、
「・・・ウキー! キッキー!」
お尻をやけどして、山へ逃げていってしまいました。
それからです、おサルのお尻が赤くなったのは。
そして若返った心のやさしいおじいさんとおばあさんは、大きな屋敷でだれにも気がねしないで、末長く幸せに暮らしたという事です。
おしまい
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