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      1月9日の百物語 
          
          
         
虫の知らせ 
岩手県に伝わる怖い話 → 岩手県の情報 
       
      ・日本語 ・日本語&中国語 
      
        
          | ♪音声配信(html5) | 
         
        
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          | 朗読者 : 台湾居住者 Judy | 
         
       
       むかしむかし、陸中の国(りくちゅうのくに→岩手県)に、笛吹峠(ふえふきとうげ)と呼ばれる険しい峠がありました。 
         
 ある日の事、この峠で一人の男が道に迷ってしまいました。 
「困ったな。行けども行けども、山の中だ」 
 ようやく小高い岩の上に出ましたが、空には細い三日月があるだけで辺りはまっ暗です。 
「どっちへ行けばよいのやら」 
 ぐーーっ 
 お腹が空いて腹の虫が鳴きましたが、何も食べる物はありません。 
(このまま誰にも知られずに、ここで飢え死にするのではないだろうな) 
 そう思うと、男の脳裏に可愛い子どもたちの顔が次々と浮かびました。 
(ああ・・・)  
 たまらなくなった父親は、大声で子どもたちの名前を呼んでみました。 
 何度も何度も、繰り返し繰り返し、子どもの名前を呼び続けました。 
 とりわけ、一番可愛がっていた末っ子の名前を呼ぶ時は、思わず涙がこぼれました。 
 
 その頃、家で寝ていた子どもたちが、ふと目を覚ましました。 
 父親が両手で強く胸を押して、自分の名前を呼んだ様な夢を見たからです。 
「お父がやって来て、おらの胸を押したぞ」 
 末っ子が夢の事を話すと、他の子どもたちも言いました。 
「うん。おらも同じ夢を見た」 
「おらもだ」 
「みんな同じ夢を見るとは、もしや、お父に何かあったのだろうか?」 
「ううっ、お父」  
 みんなは不安になって、もう眠る事は出来ません。 
 でも、どこへ探しに行けばいいのかわからないので、子どもたちは父親の安全を祈って夜明けまで起きていました。 
 
 さて、山の中で一夜を過ごした父親は、ふと、鈴の音を聞いたように思いました。 
 それは山道を通る馬の首につけられた、鈴の音に違いありません。 
(助かった。外に出る道は近いぞ) 
 父親は立ち上がると、草木をかきわけて鈴の音の聞こえる方に足を早めました。 
 鈴の音は、だんだんと近づいて来ます。 
 やがて木の間から、荷物を積んだ馬が見えました。 
「おーい、おーい!」 
 父親が夢中で呼びかけると、馬のたづなを持った馬方が不思議そうな顔で言いました。 
「どうした? そんなにあわてて」 
「ああ、実は・・・」  
 父親は道に迷って、山の中でひと晩を過ごした事を話しました。 
「そいつは、大変だったな。よし、わしが送ってやるから、お前は馬に乗れ」 
 馬方は父親を荷物の上に座らせると、ゆっくりと山道を降りていきました。 
 
 峠まで来ると、子どもたちが心配そうに立っていました。 
「あっ、お父だ!」 
 子どもたちは父親の姿を見て、うれしそうに駆け寄ってきました。 
「おかげで助かった。ありがとう」 
 父親は馬方にお礼を言うと、子どもたちを力一杯抱きしめました。 
 
 家に帰った父親が山の中で子どもたちの名前を呼んだ事を話すと、子どもたちも口々に不思議な夢の事を話しました。 
 父親が、頷いて言いました。 
「なるほど。それは、『虫の知らせ』というものだな」 
 すると末っ子が、うれしそうに言いました。 
「お父が、おらたちの名前を一生懸命に呼んでくれたから、虫が知らせてくれたんだよ」 
「そうとも。そしてお前たちが、寝ずに待っていてくれたおかげだ。お前たち、ありがとうよ」 
 父親の言葉に、子どもたちはにっこり笑いました。 
      おしまい 
      朗読者情報 台湾居住者 Judy 
         
 日本で20年の生活を経た後、本国の台湾に戻ったジュディーは日本と台湾の架け橋となり、通訳、翻訳、日本語教師を経験後、現在は日本語を使い、様々な分野の録音に携わっています。 
  台湾日文配音者です。 
  朗読に関するご意見ご要望はjudy.yen1204@gmail.comまでお願いいたします。 
         
         
        
 
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