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4月1日の日本民話
(4月1日的日本民間故事)
とげぬき地蔵(延命地蔵) (健全普通話版)
取針的地藏尊者
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江戸時代の中頃、江戸の小石川(こいしかわ→今の文京区)に、病気の妻を持つ田村という侍がいました。
在江戶時代的中期、江戶小石川、在這裡住著一名叫做田村的武士、而人家的家中則是拖了一名抱恙的妻子。
侍はお地蔵さまを心から信心しており、毎日毎日、妻の病が早く治る様に、
為了妻子的病情、武士可謂是對著地藏菩薩他呀十分的誠心。
「帰命頂礼地蔵尊菩薩(きみょうちょうらいじぞうそんぼさつ)、帰命頂礼地蔵尊菩薩」
「帰命頂礼地蔵尊菩薩、帰命頂礼地蔵尊菩薩」
と、お地蔵さまをおがんでいました。
每天呀反正就這樣在人家面前的這樣拜呀拜呀拜。
しかし妻の病気は悪くなる一方で、日に日にやせおとろえてゆくばかりです。
可家中的妻子這病情還是完全不見一點好轉呀、更甚至都是一天天的加劇的嚴重了起來。
そんなある晩の事、侍の夢枕にお地蔵さまが現れて言いました。
直到有一個夜晚、今天的武士晚上睡覺時做了一個遇見了地藏菩薩的夢。
「お前の願いを聞いた。妻の病を治したかったら、わしの姿を一万枚の紙に写して川に流すがよい」
「你的心願現如今也是傳達到了我的這裡、若是想讓你家中的妻子康復、那就記住我現在的樣子、給我用手動的印刷出一萬張我的儀像然後一張張的流入河流中就行」
「はっ、ありがとうございます!」
啊啊、感謝菩薩開恩啊!
そこで侍は目を覚ましました。
這一下當即就是喜的讓武士把眼給睜了。
「おおっ、お地蔵さまから、夢のお告げがあったぞ」
這下好啦這下好啦、地藏菩薩尊者親自託夢給我指導來了。
喜んだ侍がふと枕元を見ると、不思議な事に見た事のない小さな板が置いてあります。
此時的武士那可叫一個大喜過望呀、又是醒來後看到了自己的枕頭邊、這裡啥時候放有了一塊小木板呀。
板をよく見てみると、何か人の姿が彫ってある様に見えます。
拿在手上仔細的瞧瞧、這可不上面還鏤的有一個小人像嗎。
「これは、もしや」
這難道。
侍がその板に墨をつけて紙に押し当ててみると、紙にお地蔵さまのお姿が写ったのです。
武士連忙的拿來了筆墨驗證、先是給小模板上塗上了墨汁、然後就又是一張白紙一付一壓、這可不紙上就是一張地藏菩薩尊者的金身像就成了嗎。
「やはりそうだ。これは、お地蔵さまからの授かり物に違いない! これを一万枚を作れば良いのだな」
和我預料的完全一樣、連同這東西一起肯定也就是地藏尊者親賜給我的鐵定沒錯!有了這玩意兒那可不現在就能火速開工了呀。
侍はさっそく一万枚の紙にお地蔵さまを刷ると、両国橋から隅田川へと流しました。
武士這就立馬是去想辦法搞來了一萬張白紙印刷了起來、完事後又來到了這兩國橋對著隅田川將這地藏的菩薩像全給一張張的飄到了水面上去了。
さてその翌朝、妻は布団から起き出すと、侍に言いました。
而也就是到了這第二天的大清早、妻子竟然是從棉被裡面下了床、找上了武士丈夫對著他這樣的說了。
「あなた。たった今、夢の中にお地蔵さまが現れて、わたくしの枕元にいた死神を追い払って下さりました」
老公、就是剛剛、我有做了一個夢、夢裡面地藏菩薩人家現身了呀、將一位本來經常是在夢境裡面嚇唬我的死神給揮了一下手的就趕走了。
「そうか! それは良かった! お地蔵さま、ありがとうございます!」
是這樣嗎!那可就太好了呀!地藏菩薩尊者、您的大恩大德我可永世難忘呀。
そして妻の病気は日に日に良くなり、半月もしないうちに妻は元の元気な身体へと戻ったのです。
就這樣武士眼看著妻子這就一天開始比一天精神了起來、又是前前後後給人打理了一小半個月、這人竟然現在就好的和往常一樣恢復如初了。
するとこの話が広まって、お地蔵さまの姿を写した札は延命地蔵(えんめいじぞう)と呼ばれ、その札をもらいに来る人が次から次へとやって来る様になったのです。
而很快的這段佳話也是立馬傳遍了大街小巷、人們也開始習慣的將那位菩薩尊者的大名親切的改稱為了延命地藏、還有現在就是連專程前來武士家就為討一張地藏菩薩像的人也是絡繹不絕了起來。
さて、お話は、これで終わりではありません。
好啦、故事到了這裡其實也差不多了、但其實還沒完了。
それからしばらくしたある日、有名な毛利家(もうりけ)の江戸屋敷の女中が針仕事をしていて、うっかり口にくわえた針を飲み込んでしまったのです。
日子又是過去了一段時日吧、這天名聲在外的毛利大宅子家裡可就發生了這樣的一件事、人家在家中幹著針線活兒的侍女不小心的這就把、咋說了、就是這穿針引線想入針眼、先想把線頭潤一口口水、可竟是將針當線誤把這針頭給吞肚裡了。
さあ、大変です。
這可大糟糕了呀。
すぐに知らせを受けた医者がやって来ましたが、いくら医者でも飲み込んだ針を取り出す事は出来ませんでした。
馬上聞訊趕來的醫者立馬的就是進行了一系列的問診、但就可這拿已經入了喉嚨裡面的針頭這是誰也沒辦法呀。
下手に吐き出さそうとしても、針が体に食い込むだけです。
這要是強行讓人給吞出來、那要是萬一個不小心直接給扎肉裡、那卡死還能出來嗎。
そんな大騒ぎしているところへ、西順(せいじゅん)というお坊さんが通りかかりました。
這陣騷動可謂是引來了大街小巷上的各種關注、現在就連是一個叫西順的方丈他的耳朵裡面都給傳來了、人家這時恰巧就在過路呢。
話を聞いた西順は、たまたま持っていた延命地蔵の札を差し出して言いました。
也就是得知了這個消息之後的西順大師傅、順著話岔子說這玩意兒也許管用呀、這不給人把一張菩薩像就遞過去了嗎。
「このお地蔵さまのお姿の写された札を、水に浮かせて飲み込んでみなされ」
「試試看把這張印有地藏尊者的票子浮在湯碗的水面一口吞下去看看吧」
そこですぐに女中に紙を飲み込ませてみると、先程まで痛い痛いと苦しんでいた女中が、
總之死馬先當活馬醫吧、就只見婢女連水帶紙一起一口都將其吞下了肚之後、就在剛剛還是一個勁痛苦的不行的婢女。
「うっ!」
哇哈!
と、口から飲み込んだ紙を吐き出しました。
現在是胃裡一口翻滾又把之前的紙張就那麼又從嘴裡面吐出來了。
それを見てみると、その紙に飲み込んだ針が突き刺さって出て来たのです。
這時若是再仔細一瞧、那可不就看到了一個尖尖的針頭被包裹在了紙張內中嗎。
この時から延命地蔵は、『とげぬき地蔵』とも呼ばれて、ますます評判となりました。
就是這時大傢夥們現在又都是把延命地藏、多賦予了一個新的稱呼、那就是取針地藏了、瞬間又是沒有幾天功夫、大街小巷、一時間大傢夥誰都是知道地藏尊者的神威了。
やがて侍は、
而這一系列的事也讓當初的武士很快得出了結論。
「こんなにありがたいお地蔵さまを、自分一人で持っていてはもったいない」
這麼有用的渡世濟人地藏尊者、放在我獨自一人之手我可是承受不起呀。
と、上野の車坂(くるまざか)にある高岩寺(こうがんじ)に納める事にしたのです。
於是乎馬上武士前往了上野的車坂高岩寺、為了大家把這個菩薩版給廟裡方丈捐獻了。
そのとげぬき地蔵(延命地蔵)は、明治二十四年、高岩寺とともに上野から山手線巣鴨駅の近くのに移りました。
而後的菩薩板又到了明治的二十四年、這時就又從高岩寺的上野給他遷移了一個地、其實是這樣、是人家的高岩寺呀帶著這塊板子連條廟一起給遷移到山手線巣鴨車站這塊去了。
そして今でも、病気で悩んでいる人がお参りに来るそうです。
故事到了今天、還是有著大量為病魔所困的人們願意專程來這裡燒上一兩柱香、為自己或是家里人求上一個祝福與安心。
おしまい
结束
↓ ※オタク構文版 (翻訳者の改変意訳バージョンです) ↓
とげぬき地蔵(延命地蔵)
菩薩救命
江戸時代の中頃、江戸の小石川(こいしかわ→今の文京区)に、病気の妻を持つ田村という侍がいました。
江戶中期、小石川這地方武士田村他堂客得了病。
侍はお地蔵さまを心から信心しており、毎日毎日、妻の病が早く治る様に、
武士就每天求菩薩想讓堂客好起來。
「帰命頂礼地蔵尊菩薩(きみょうちょうらいじぞうそんぼさつ)、帰命頂礼地蔵尊菩薩」
菩薩大德菩薩大德。
と、お地蔵さまをおがんでいました。
到那裡叩拜。
しかし妻の病気は悪くなる一方で、日に日にやせおとろえてゆくばかりです。
但屋裡堂客病情也㫘見好轉、人是一天天消瘦。
そんなある晩の事、侍の夢枕にお地蔵さまが現れて言いました。
有天夜、菩薩託夢了。
「お前の願いを聞いた。妻の病を治したかったら、わしの姿を一万枚の紙に写して川に流すがよい」
我逐你意、證你心誠、完成萬張菩薩像、再順河川流走就可以了。
「はっ、ありがとうございます!」
武士感謝。
そこで侍は目を覚ましました。
這人就醒了。
「おおっ、お地蔵さまから、夢のお告げがあったぞ」
好傢伙好傢伙、菩薩託夢了。
喜んだ侍がふと枕元を見ると、不思議な事に見た事のない小さな板が置いてあります。
這就看到枕頭邊上有條看都㫘看過的板子放到的。
板をよく見てみると、何か人の姿が彫ってある様に見えます。
好生看、上面似是人形。
「これは、もしや」
這是甚麼?違是。
侍がその板に墨をつけて紙に押し当ててみると、紙にお地蔵さまのお姿が写ったのです。
武士為印證、幫板子上墨、再幫紙上一巴、紙上一條菩薩就出來了。
「やはりそうだ。これは、お地蔵さまからの授かり物に違いない! これを一万枚を作れば良いのだな」
果然、這就是菩薩過我的模子、是要我用這條完成萬張菩薩像。
侍はさっそく一万枚の紙にお地蔵さまを刷ると、両国橋から隅田川へと流しました。
一萬張、武士想辦法馬上搞好、這就自両国橋投入隅田川了。
さてその翌朝、妻は布団から起き出すと、侍に言いました。
這就第二日早、堂客一起來就跟武士講。
「あなた。たった今、夢の中にお地蔵さまが現れて、わたくしの枕元にいた死神を追い払って下さりました」
講昨天自己晚上做夢、來了個菩薩趕走了自己邊上的取命小鬼。
「そうか! それは良かった! お地蔵さま、ありがとうございます!」
果然!果然啊!武士就對菩薩感激。
そして妻の病気は日に日に良くなり、半月もしないうちに妻は元の元気な身体へと戻ったのです。
堂客這病情就愈加好轉、不到半個月人全了。
するとこの話が広まって、お地蔵さまの姿を写した札は延命地蔵(えんめいじぞう)と呼ばれ、その札をもらいに来る人が次から次へとやって来る様になったのです。
這事一傳開、為求個平安、好多人也都來要這張菩薩印、名字也被喊成救命菩薩了。
さて、お話は、これで終わりではありません。
這事還有後續。
それからしばらくしたある日、有名な毛利家(もうりけ)の江戸屋敷の女中が針仕事をしていて、うっかり口にくわえた針を飲み込んでしまったのです。
㫘過好久、江戶的望族毛利屋宅子、這婢女就到作針線、嘴巴裡面這就針一叼、不小心落肚了。
さあ、大変です。
好啦、稀爛。
すぐに知らせを受けた医者がやって来ましたが、いくら医者でも飲み込んだ針を取り出す事は出来ませんでした。
這就喊醫生啦、但醫生只會開藥取不來針啊。
下手に吐き出さそうとしても、針が体に食い込むだけです。
這若是亂吐又怕穿破肚腸。
そんな大騒ぎしているところへ、西順(せいじゅん)というお坊さんが通りかかりました。
這就都好著急的時候、來了個西順和尚。
話を聞いた西順は、たまたま持っていた延命地蔵の札を差し出して言いました。
這菩薩聽完前因後果就取出一張菩薩印。
「このお地蔵さまのお姿の写された札を、水に浮かせて飲み込んでみなされ」
喊婢女衝水服了。
そこですぐに女中に紙を飲み込ませてみると、先程まで痛い痛いと苦しんでいた女中が、
這就菩薩進肚、本來還是好痛苦的人。
「うっ!」
這就一下。
と、口から飲み込んだ紙を吐き出しました。
幫紙一吐。
それを見てみると、その紙に飲み込んだ針が突き刺さって出て来たのです。
就看到紙包到針過一下帶出來了。
この時から延命地蔵は、『とげぬき地蔵』とも呼ばれて、ますます評判となりました。
這事一出又開始喊取針菩薩了、越傳越遠。
やがて侍は、
這就武士。
「こんなにありがたいお地蔵さまを、自分一人で持っていてはもったいない」
覺得這菩薩印到自己一個人手上盡不了全功。
と、上野の車坂(くるまざか)にある高岩寺(こうがんじ)に納める事にしたのです。
過幫印子送到上野車坂的高岩寺去了。
そのとげぬき地蔵(延命地蔵)は、明治二十四年、高岩寺とともに上野から山手線巣鴨駅の近くのに移りました。
時間到了明治二十四年、取針菩薩同廟一起、過遷到
山手線巣鴨駅邊上去了。
そして今でも、病気で悩んでいる人がお参りに来るそうです。
直到現在還發揮到他的功用、來求個平安的人還是好多。
おしまい
结束
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