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1月10日の日本民話

ネコのおけさ節

ネコのおけさ節
新潟県の民話

 むかしむかし、佐渡島(さどがしま)の海辺に、ネコ好きのおばあさんがいました。
 若いときから一人暮らしですが、いつも十数匹のネコを飼っています。
 ところが年をとるにつれて貯金もなくなり、その日の食べるものにさえも不自由するようになりました。
 そのため、たくさんいたネコもつぎつぎと逃げだし、ついには、古くからいた三毛ネコ一匹しか残りませんでした。
 おばあさんはこの三毛ネコをいままで以上にかわいがり、自分が食べない日はあっても、ネコの食べ物だけは毎日用意しました。
  しかし、いつしかその食べ物にも困るようになったので、ある日おばあさんはネコに言いました。
「ごらんのとおりの貧乏暮らしで、お前にエサをやれんようになってしまった。だからといって家出をしたり、よその家に行って食べ物を欲しがったりしないでおくれ。お前は、わたしのたった一つの生きがいなのだから」
 ところが次の日、そのネコも姿を消してしまいました。
(ああ、なんてことだろう。あれほど可愛がっていたネコに見捨てられるなんて。貧乏すると人ばかりか、ネコにまできらわれてしまうのか)
 おばあさんは、思わず涙をこぼしました。
 だれもいない家の中でボンヤリと座っていたら、突然、美しい娘が訪ねてきて、
「おばあさん、わたしはおばあさんにかわいがってもらった三毛ネコです。今まで、何のお役にも立ちませんでしたが、どうぞ恩返しをさせてください」
と、言うではありませんか。
 おばあさんはビックリして娘を見ましたが、どこから見ても人間の姿で、とてもネコが化けているとは思えません。
「お前、そんな姿になって何をしようというのかい? わたしの事なら心配しなくても大丈夫だからね」
「いいえ、このままではおばあさんがかわいそうです。なんでも、江戸(えど)の方から芸者(げいしゃ)になる娘をさがしにきているといううわさを聞きました。どうか、江戸の男にわたしを見せてください」
 娘に化けたネコが、あまりにも熱心に言うので、
「そこまで、わたしのことを心配してくれるとは・・・」
と、おばあさんはネコの申し出を受けることにしました。
 やがて、おばあさんの村へ江戸の男がやってきて、娘を見るなり、
「なんてきれいな娘だ。こりゃまちがいなく、江戸でも指折りの芸者になれるぞ」
と、言って、おばあさんにたくさんの金を渡して、娘を江戸へつれていきました。
 それから何ヶ月かあと、江戸の深川(ふかがわ)の料理屋に、おけさと名のる芸者が現れました。
 そのあでやかな美しさは、まるで名人がかいた絵からぬけ出たようです。
 しかも、おけさの歌う歌は江戸ではめずらしいもので、人々からは「おけさ節」と呼ばれて、たちまち町中の評判(ひょうばん)になりました。
 そんなおけさをひと目見たいという客がふえて、おけさのいる料理屋は毎晩大変なにぎわいです。
 ある晩、その料理屋へ船乗りたちをひきつれた船頭(せんどう)がやってきて、
「金ならいくらでも出すから、おけさをよんでくれ」
と、言うのです。
 おけさが部屋に行くと、たちまち花が咲いたようにはなやかになり、とてもにぎやかな酒盛りが始まりました。
 やがて三味線(しゃみせん)が鳴り、おけさのうたう「おけさ節」が流れます。
「よよっ、いいぞ、いいぞ」
 おけさ節に合わせて船乗りたちが踊り、踊っているうちに酒の酔いがまわって、一人、また一人と酔いつぶれ、酒盛りが終わった時には、みんな大の字になっていました。
 飲み過ぎた船頭は、はうようにしてとなりの部屋へ行き、床の中へもぐり込みました。
 さて、夜中にふと目を覚ました船頭の耳に、酒盛りをした部屋から、何かをかみくだくような音が聞こえてきました。
(はて、何の音だろう?)
 不思議に思った船頭が、しょうじのすきまからそっと中をのぞいてみると、芸者姿の大きなネコがキバをむき、食べ残した魚の頭をかじっているではありませんか。
 その着物はどう見ても、おけさの着ていたものです。
 ビックリした船頭は、あわてて床の中へもぐり込みました。
 すると、それに気づいたおけさがそばへ来て、
「いま見た事をだれにも言わないでください。もし人にしゃべったら、ただではおきませんからね」
と、言ったのです。
「わ、わかった。だれにも言わない」
 船頭は、ブルブルとふるえながら答えました。
 さて次の朝、船頭と船乗りたちは料理屋を出て浜に向かいました。
 海は静かで空には雲一つなく、船旅には絶好(ぜっこう)の日よりです。
「それっ!」
 船頭のかけ声とともに、船はゆっくりと動きはじめました。
 やがて船乗りたちが、一か所に集まってゆうべの話を始めます。
「いやあ、楽しかった。それにしても芸者のおけさのきれいなこと」
「そうよ。さすがは江戸だ。おら、あんなにきれいで歌のうまい芸者は見たことがない」
 そこへ船頭もやってきて、つい口をすべらせたのです。
「お前たち、あの芸者の正体を知っているのか?」
「正体だって?」
「じつはな、あの芸者はネコが化けたものだ」
と、ゆうべの出来事をくわしく話してきかせました。
「まさかそんな。とても信じられない」
 船乗りたちが首をかしげていると、今まで晴れていた空にとつぜん黒雲がわき、見る見るうちに船へと近づいてきます。
「たいへんだ、嵐が来るぞ!」
 船乗りたちがそれぞれの持ち場へ行こうとした時、黒雲の上から大きなネコが現れて、いきなり船頭を引きずりあげると、そのまま雲の中へ消えてしまったのです。
 同時に海ははげしい嵐となり、船は木の葉のようにゆれて、船乗りたちは生きた心地がしません。
「どうか、どうかお助けを。今のことは、けっしてしゃべりませんから!」
 船乗りたちが船にしがみつきながら必死で叫ぶと、やがて嵐がおさまりました。
 しかし船頭は空へ引きずりあげられたまま、二度ともどってこなかったという事です。

おしまい

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