戌年特集 2030年 童話・昔話・おとぎ話の福娘童話集
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いぬのお話し 第 6 話

フランダースのイヌ

フランダースのイヌ
ウィーダの童話 → ウィーダの童話の詳細

おりがみをつくろう ( おりがみくらぶ より)
犬の顔の折り紙いぬのかお   犬の折り紙いぬ

♪音声配信(html5)
音声 ことば工房  BGM:フリー音楽素材 H/MIX GALLERY    効果音:効果音源

 ある夏の日の事、お父さんもお母さんもいないネルロは、おじいさんと草むらですてイヌを見つけました。
 かわいそうに思ったネルロはイヌを家へ連れて帰り、パトラッシュと名付けました。
 パトラッシュはすぐにネルロになつき、二人は兄弟のように仲良くなりました。

 ネルロとおじいさんは村のお百姓(ひゃくしょう)さんから牛乳(ぎゅうにゅう)を集めて、十キロ先のアントワープという町まで売りに行く仕事をしていました。
 その仕事はとても大変な上に、あまりお金にはなりません。
 だからネルロとおじいさんはスープを一杯飲むのがやっとという、とても貧しい暮らしをしていました。

 ネルロが七歳になった時、おじいさんが病気になりました。
 それからはネルロとパトラッシュで重い牛乳を乗せた荷車を引いて、アントワープまで行くようになりました。
 大変な道のりですが、ネルロにはアントワープの町へ行くのが楽しみでした。
 それというのもアントワープの町にある大きな教会には、ルーベンスという有名な人の絵がかざってあるからです。
 でも残念(ざんねん)な事に、その絵にはいつも白い布がかかっていて、お金をはらわないと見る事は出来ません。
 しかしネルロはルーベンスの絵のそばにいられるだけで、うれしかったのです。
 ネルロは絵を見たりかいたりするのが大好きで、大人になったら絵かきになろうと心に決めていました。

 ネルロが十五歳になったある日、ネルロはかわいらしくてやさしい友だちのアロアを、ぜひえがきたいと思いました。
 アロアは丘の上の風車(ふうしゃ)のあるお屋敷に住む、お嬢(じょう)さんです。
 アロアのお父さんは貧しい牛乳売りのネルロがアロアと仲良しなのをいやがっており、なんとかして二人を引きはなしたいと思っていました。

 ある日、ネルロがアロアの姿をえがいてくれるというので、アロアはおしゃれをして出かけました。
 けれどネルロが持っていたのは、板きれと黒い木炭(もくたん)だけです。
「ネルロ、絵の具でえがくんじゃないの?」
「うん、ごめん。これしか持っていないんだ」
「・・・そう」
 アロアはちょっぴりざんねんがりましたが、でもパトラッシュといっしょにえがいてもらった絵はとてもすてきで、アロアもとても気に入りました。
(よかった、アロアが気に入ってくれて。でも今度は、ちゃんとした絵の具でえがいてやりたいなあ)
 その日からネルロは、お昼ごはんをがまんして、たまったお金で紙と絵の具を買いました。
 ネルロは、パトラッシュに言いました。
「パトラッシュ、ぼくはね、いつか人の心をつかむ、すばらしい絵かきになるんだ。
 その時にはね、ぼくはみんなに言うよ。
『ぼくはパトラッシュに助けられて、絵かきになれました。一番大切な友だちはパトラッシュです』
って」
 パトラッシュは、うれしそうにネルロを見上げました。

 ある日、クリスマスイブの子どもの絵の展覧会(てんらんかい)の事を知ったネルロは、夕ぐれ時に切りかぶにすわって一休みする木こりのおじさんの絵を一生懸命(いっしょうけんめい)にえがきました。
 その展覧会で一等になれば、二百フランという夢のようなお金がもらえるからです。

 クリスマスイブの日、ネルロは心をこめてえがいた絵を荷車(にぐるま)につんで、パトラッシュといっしょにアントワープの展覧会の会場へ出かけました。
 ほかのみんなは絵の上に上等な布をかけて、受付(うけつけ)に渡しています。
 でもネルロの絵にはボロボロの布がかかっているので、ネルロははずかしそうに下を向きながら受付の女性にそっと手渡しました。
 ネルロは雪のつもった町ヘ、パトラッシュと出ました。
「パトラッシュ、もし一等になったら、お腹いっぱい、あったかいスープをあげるからね」
 その時、誰が落としたのか、雪の中にお人形が落ちていました。
(誰のかがわかる日まで、アロアにあずかってもらおう)
 ネルロとパトラッシュは、アロアのお屋敷へ行きました。
 そしてネルロが、展覧会に出品した事を話すと、
「わあ、ネルロならきっと、一等をとるわ!」
と、アロアは喜んで、そのお人形をあずかってくれました。
 けれどその夜、大変な事にアロアのお屋敷が火事になったのです。
「火をつけたのは、ネルロだろう!」
 アロアのお父さんは、きらいなネルロをうたがいました。
 そして悲しい事は、まだ続きました。
 新しい牛乳屋が来たので、ネルロの仕事がなくなってしまい、そのうえ、病気のおじいさんが死んでしまったのです。
 おじいさんのおとむらいのすんだ夜、家主(やぬし)がやって来て言いました。
「明日の朝、ここを出て行け!」

 朝が来ると、ネルロとパトラッシュは雪の降る外へ出ました。
 そしてアントワープの町へ、子どもの展覧会の一等の発表(はっぴょう)を見に行きました。
「パトラッシュ、一等を取って二百フランもらったら、ぼくたちの住む家をさがそうね。
 それからまきを買って、暖炉(だんろ)にくべて火をつけようね。
 そのあとは、お腹いっぱい食べようね」
 ネルロもパトラッシュも、このところ水しか飲んでいなかったのです。
(必ず、一等をとってみせる! 一等を取らないと、ダメなんだ!)
 でもネルロの夢は、すぐ消えてしまいました。
 一等を取ったのはネロではなく、あまり上手ではないけれど色々な色の絵の具をたくさん使ってえがいた、海の絵だったのです。
 ネルロとパトラッシュは、展覧会の会場を重い足どりで出ました。
「ああ、これからどうしたらいいのだろう? もし、お金があったら。うん? どうしたの、パトラッシュ。・・・あっ!」
 なんとパトラッシュが、雪の中にうもれていた財布(さいふ)を見つけたのです。
 ネルロがその財布を開けてみると、中には金貨がたくさん入っていました。
 ネルロはまわりを見回しましたが、誰も見ている人はいません。
「これだけあれば家をかりられるし、パンもたくさん買える。たくさんの絵の具も買う事が出来るぞ」
 ネルロはその財布を服の中にかくそうとしましたが、ふと、その財布に見覚えがある事に気づきました。
「これは、アロアのお父さんのお財布だ」
 ネルロは、アロアのお屋敷へ急ぎました。
 そしてアロアのお母さんに財布を渡すと、パトラッシュを家の中に押し込んで言いました。
「この財布を見つけたのは、パトラッシュです。
 ごほうびに、何かうんとおいしい物を食べさせてやってください。
 そして出来たら、ここでかってやってください」
 ネルロはそう言うととびらをしめて、雪の降る夜の中へかけていきました。
「ああ、待って、ネルロ!」
 アロアとお母さんがネルロを追いかけましたが、ネルロの姿はもう見えませんでした。

 雪の町でずっと財布を探していたお父さんは、アロアからネルロの事を聞いて目に涙をうかべました。
「わしが悪かった。あんなにいい子を、きらったりして」

 お腹がペコペコのネルロには、もう歩く元気もありませんが、最後の力をふりしぼってアントワープの教会のルーベンスの絵の前へ行きました。
 冷たい床に座り込んだネルロは、ふと、肩にあたたかい息(いき)を感じてふりむきました。
「パトラッシュ! 追いかけてきたのかい」
 ネルロは、パトラッシュの首をだきしめました。
「ありがとう、パトラッシュ。
 ぼくたちは、ずっといっしょだね。
 ごめんよ、置いて行ったりして。
 パトラッシュ、もう離れるのはやめようね」
 すると月明かりが教会にさしこみ、あたりが明るくなりました。
 雪がやんで、月がかがやき出したのです。
「あっ!」
 ネルロは、思わずさけびました。
 ルーベンスの絵が、見えるのです。
 さっきパトラッシュが暗やみの中で、布を引っかけて落としたからでした。
 ルーベンスの絵は、キリストの絵でした。
「パトラッシュ、ぼくはとうとう見たよ! ああ、なんてすばらしいんだろう!」
 ネルロはうれしくてうれしくて、涙をポロポロとこぼし、パトラッシュの首をあたたかくぬらしました。
「パトラッシュ、ぼくはもう疲れたよ。少し眠ってもいいかい?」
「ワン」
 ネルロとパトラッシュは、しっかりと抱きあったまま目を閉じました。

 あくる朝、牧師(ぼくし)さまがネルロとパトラッシュを見つけました。
「もし、どうされました?
 こんなところで寝ていては、かぜをひきますよ。
 もし、・・・あっ!」
 ネルロとパトラッシュは抱きあったまま冷たくなっており、二度と目を開く事はありませんでした。
 そこへアロアとお父さんとお母さん、それに三人の大人がかけ込んで来ました。
 アロアはネルロにかけよると、ワーッと泣き出しました。
「ネルロ、お父さまが、ネルロの事をわかってくださったのよ。
 今日から、いっしょに暮らせるのに。
 ・・・どうして、どうして天国へ行ってしまったの」
 三人の大人たちは、子どもの絵の展覧会で審査員(しんさいん)をした人たちでした。
 審査員たちは、ネルロに涙を流してあやまります。
「気の毒な事をしてしまった。ネルロの絵は受付の手違いで、他の場所に置かれていたんだ」
「とてもすばらしい、木こりの絵だったよ。われわれは、もう一度審査をやりなおしたんだ。そしてきみの絵が、一等に選ばれたんだよ」
 天国へめされたネルロとパトラッシュは、その言葉を聞いているかのようにやさしくほほ笑んでいました。

おしまい

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