6月11日の日本民話
旅のどろぼう
山口県の民話
むかしむかし、お金を持っている旅人について歩いて、すきを見てお金をぬすむドロボウを、『ゴマのハエ』と呼んでいました。
さて、ある日の事、ある侍(さむらい)が大切なお金をある場所にかくし持って、江戸から旅に出ました。
すると、見知らぬ男がやってきて、気やすく話しかけてきました。
人のよさそうな男で、とても悪人には見えません。
男がどこまで行くのかと聞くので、侍が答えました。
「せっしゃは、下関(しものせき)までじゃ」
「おお、そいつはよかった。実は私も下関までまいりますゆえ、どうかお供させてくだされ」
そこで二人は同じ宿にとまって、一緒にふろへ入ったり、一緒に食事をとったりしました。
最初は何ともなかったのですが、大阪をすぎ、姫路をすぎ、岡山をすぎるころ、男の様子(ようす)が少し変わってきたので、侍はあやしいと思い、思い切って男に、ドロボウではないのかとたずねました。
すると男は、地面に頭をこすり付けるようにして言いました。
「ははーっ、言い訳はいたしません。実はわたしは、ゴマのハエなのでございます。お侍さまが大金をもっていなさるとにらんで、ついてまいりましたが、どうやっても、どこに隠しておいでかわかりませぬ。わたしの負けでございます。もしお見逃しいただけるのでしたら、このまま退散(たいさん)いたします」
そういって頭を下げる男に、侍は言いました。
「やはりそうであったか。本来なら役人(やくにん)に引き渡すところだが、何も盗(ぬす)んではおらぬことだし、正直に白状(はくじょう)したので見逃してやろう」
「ありがとうございます。では、これにて」
と、いって立ち去る男を、侍は引き止めました。
「まあ待て。あと一晩とまれば、次の日には下関に着く。宿代はせっしゃが出すゆえ、もう一晩ともに過ごそうではないか」
「これは重ね重ね、ありがとうございます」
その晩、侍は宿につくと、今までずっと宿の人にあずけていた雨がさを、部屋の床の間へおいて寝ました。
あくる朝おきてみると、ゴマのハエの男がいなくなっていました。
「さすがに、気まずくなって逃げ出したか。まあよい、お主との旅は楽しかったぞ」
そして旅支度(たびじたく)をおえた侍が、ふと雨がさに手をやると、雨がさが軽くなっていたのです。
「しまった。やられた」
侍は、かさのえにかくしていた大金を、まんまと抜き取られてしまったのでした。
おしまい
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