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3月3日の世界の昔話

ふしぎな楽人

ふしぎな楽人
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 むかしむかし、あるところに、ふしぎな楽人(がくじん→音楽をするひと)がおりました。
 この楽人が、たった一人で森のなかをとおっていたときのことです。
 楽人は、あれやこれやといろんなことを考えていましたが、そのうちに、とうとう考えることがなんにもなくなってしまいました。
「この森のなかは、あきあきするなあ。どれ、いいなかまでもよびだしてやれ」
 楽人はひとりごとをいって、背中から胡弓(こきゅう)をとって、一曲ひきました。
 音楽は、森の木ぎのあいだにひびきわたりました。
と、まもなく、むこうのやぶのなかから、一匹のオオカミがかけだしてきました。
(ややっ、オオカミがきたな。あんなやつには用はない)
 ところがオオカミはそばへやってきて、楽人に話しかけました。
「やあ、楽人さん、すてきな音がでますね。おれもならいたいなあ。できるかな?」
「ああ、すぐにおぼえられるさ」
と、楽人は答えました。
「でもそのかわり、なんでも、わたしのいうとおりにしなければいけないよ」
「うん、楽人さん。あんたのいうことをきくよ。学校の生徒が先生のいうことをきくようにね」
 楽人はオオカミに、いっしょにくるようにいいました。
 二人でしばらく歩いていくと、一本の古いカシの木のところへきました。
 その木は、なかががらんどうになっていて、まんなかのところがさけています。
「おい、胡弓をひくのをならいたかったら、前足をこのわれめへ入れなさい」
と、楽人がいいました。
 オオカミは、いわれたとおりにしました。
 ところが楽人は、すばやく石をひろうと、いきなりオオカミの両方の前足を打って、くさびのように、しっかりとうちこんでしまいました。
 オオカミは動くことが出来ず、そこにころがっていなければなりません。
「わたしがもどってくるまで、そこで待っておいで」
 楽人はこういいすてて、さっさといってしまいました。
 しばらくすると、楽人はまた、
「この森のなかは、どうもあきあきする。ほかのなかまをよんでやれ」
と、胡弓を手にとって、また森のなかへなりひびかせました。
 するとまもなく、こんどは一匹のキツネが木のあいだからでてきました。
(おや、キツネがくるな。あんなやつには用はない)
 キツネは楽人のところへやってきて、いいました。
「楽人さん。なんてきれいな音がでるんでしょう。わたしもならいたいものです」
「すぐおぼえられるさ。でもそのかわり、なんでもわたしのいいつけどおりにしなければいけないよ」
「ええ、楽人さん、あんたのいうことをききますよ。学校の生徒が先生のいいつけをきくようにね」
と、キツネはこたえました。
「では、わたしについておいで」
 ふたりがしばらく歩いていきますと、ほそい道にでました。
 道の両がわには、高い灌木(かんぼく→スイカズラ科の落葉低木)がはえています。
 そこで楽人は立ちどまって、かたいっぽうのがわから小さいハシバミの木を地面までぐっとまげて、そのさきを足でふみつけました。
 そして、もういっぽうのがわからも、なにか小さい木を一本まげて、
「さあ、キツネくん、なにかならいたかったら、左足をこっちへおだし」
と、いいました。
 キツネがいわれたとおりにすると、楽人はキツネの前足を左がわの木にしばりつけました。
「キツネくん、こんどは、右足をおだし」
 楽人はこれを、右がわの木にしばりつけました。
 そして、ひもの結びめがしっかりしているかどうかをしらべてから、ポンとはなしました。
 二本の木はいきおいよくはねかえって、キツネを高いところへはねあげてしまいました。
 キツネは、宙ぶらりんになってしまいました。
「わたしがかえってくるまで、そこで待っといでよ」
と、楽人はそのままいってしまいました。
 そのうちに、楽人はまたまた、
「どうも、この森のなかはあきあきする」
と、胡弓の音を、森じゅうにひびきわたりました。
 すると、一匹の小ウサギがとびだしてきました。
(おや、小ウサギがくるぞ、あんなのはごめんだ)
「まあ、楽人さん、なんて美しい音色なんでしょう。あたしもならいたいですわ」
と、小ウサギがいいました。
「すぐにおぼえられるさ。そのかわり、わたしのいいつけることは、なんでもしなければいけないよ」
「はい、楽人さん、あなたのいうとおりにしますわ。学校の生徒が先生のいいつけをききますように」
 二人でしばらくいっしょに歩いていきますと、森のなかの明るい場所へでました。
 そこには、ハコヤナギが一本立っています。
 楽人は小ウサギの首のまわりに長いほそひもをむすびつけて、そのかたっぽうのはしをこの木にしばりつけました。
「しっかりやりなさい、ウサギちゃん、この木のまわりを二十ペんとんでまわるんだよ」
 小ウサギは、いわれたとおりにしました。
 二十ぺんかけずりまわりますと、ほそひもが二十まわりも幹にまきついて、小ウサギは身動きひとつできなくなってしまいました。
 いくらひっぱってみても、ほそひもがやわらかい首すじにくいこむばかりです。
「わたしがもどってくるまで、そこで待っていなさいよ」
と、楽人はいってしまいました。
 そのあいだに、オオカミはからだをうごかしたり、ひっぱったり、石にかみついたり、さんざん苦労して、やっとのことで前足をわれめからはずしてひきぬきました。
 怒ったオオカミは、楽人のあとを追いかけました。
 オオカミが走っていくのを見ますと、キツネはおいおい泣きだして、力いっぱいの声をふりしぼってさけびました。
「オオカミのあにき、たすけてくれよう。楽人のやつにだまされたんだあ」
 オオカミは、キツネを自由にしてやりました。
 キツネは、オオカミといっしょにいきました。
 キツネも、楽人にしかえしをしてやろうというのです。
 二人はしばられている小ウサギを見つけて、これもたすけてやりました。
 それから、みんなでいっしょになって、かたきをさがしにいきました。
 楽人はとちゅうで、またまた胡弓をかきならしました。
 こんどは、うまくいきました。
 その音は、まずしい木こりの耳にはいったのです。
 すると木こりは、たちまちジッとしていられなくなりました。
 すぐにしごとをやめて、オノをわきの下にかかえると、音楽をききにやってきました。
「ようやく、ほんとのなかまがきたな。おれのさがしていたのは人間で、けだものじゃないんだからな」
 そこで、楽人はひきはじめました。
 すると、その音があまりにも美しく、あまりにも愛らしくひびきわたりましたので、まずしい木こりは、まるで魔法にでもかけられたように、そこにぼんやりつっ立ったまま、うれしさのあまり気がとおくなってしまいました。
 そうしているところへ、オオカミとキツネと小ウサギがやってきました。
 木こりは、そのけものたちが、なにかわるだくみをしているのに気がつきました。
 そこで、ピカピカひかるじぶんのオノをとりあげて、楽人のまえに立ちはだかりました。
 そのようすは、「この人にむかってくるものは、おれが相手になるぞ」とでもいうようでした。
 それを見たけものたちはこわくなって、森のなかへにげかえってしまいました。
 楽人はこの男にお礼のしるしとして、もう一曲ひいてきかせてから、さきへいきました。

おしまい

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