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2008年 5月7日の新作昔話

泥棒の名人

泥棒の名人
グリム童話グリム童話の詳細

 むかしむかし、貧しい農家の夫婦が畑仕事をしていると、そこへ豪奢な馬車がやってきて彼らの前に止まりました。
 馬車から降りてきたのは、立派な服装の紳士です。
 その紳士は、夫婦に言いました。
「わたしに、田舎料理をごちそうしてくれませんか?」
 すると夫婦は、こころよく、
「いいですよ」
と、笑いながら言いました。
 紳士は夫婦の家に案内され、おかみさんは台所で料理の準備をはじめました。
 紳士は家の中を懐かしそうに見回すと、亭主にたずねました。
「あなた方には、子どもはいないのかね?」
 すると亭主は、
「ああ、息子はかつていたが、家を飛び出したっきりです」
と、答えました。
 次に紳士が、
「あなたは、その息子さんの顔を覚えているかね?」
と、聞くと亭主は、
「いいや。でも、息子の肩にある、えんどう豆のようなほくろが目印です」
と、答えました。
 すると客は、突然上着を脱いでいいました。
「その息子さんの肩にある、えんどう豆のようなほくろとは、こんなでしょうか?」
「えっ?」
 亭主がふと見ると、なんと紳士の肩には、えんどう豆の形をした大きなほくろがあるのです。
「こりゃ、たまげた! お前はわしのせがれなのか?」
 亭主は、腰をぬかさんばかりです。
「なんとまあ、立派になって」
 すると息子は、ニヤリと笑って言いました。
「実はわたしは、泥棒の名人なのです」
 それを聞いた亭主は、
「泥棒? なんて情けない」
と、嘆きましたが、おかみさんは息子の帰りを喜んで、
「泥棒だってかまやしないわ。顔が見られただけでもうれしい」
と、泣いて喜んでいます。
 両親と泥棒の名人の息子は、久しぶりにそろって食卓につきました。
 しかし亭主は、心配そうに言いました。
「お前、泥棒名人だなんてわしらの領主さまに知れたら、大変なことになるよ」
 すると息子は、
「捕まる前に、こっちから伯爵の所へ出かけていきますよ」
と、笑いながら言いました。
 そしてその言葉通り、息子はさっそく、伯爵の城に向かったのです。
 事情を聞いた伯爵は、泥棒の名人に言いました。
「泥棒など、本当なら死刑だが、わしはそなたの名づけ親だ。わしが出す三つの試練に合格できれば、泥棒の罪を許してやろう」
 そう言って、伯爵が出した三つの試練とは。
 一、伯爵の愛馬を厩舎(きゅうしゃ)から盗むこと。
 二、伯爵夫婦が就寝してから、それぞれ寝ているベッドの敷布を抜き取ること。
    そしてその際、伯爵夫人の指から結婚指輪も抜きとること。
 三、伯爵の寺院から、僧侶と納所坊主(なっしょぼうず→位の低い僧)を盗むこと。
 この三つが試練すベてに合格しないと、泥棒の名人は死刑になるのです。
 泥棒の名人は、伯爵に頭を下げると、
「かしこまりました。必ず、三つの試練に合格してみせましょう」
と、言って、隣町へ行きました。
 そこで泥棒は農民のおばさんに変装すると、睡眠薬を仕込んだワインの樽を背負って伯爵の城へ向かいました。
 さて、伯爵の愛馬の厩舎のまわりは、兵隊でいっぱいです。
 泥棒はわざと咳をしながら、厩舎の前を通りかかりました。
 すると兵士が、おばさんに変装した泥棒に声をかけます。
「おばさん、寒いだろう。火に当たっていきなよ」
「この樽は、なんだい?」
 兵士が聞くので、泥棒は、
「はい。上等なワインさ。一杯飲むかい?」
と、言って、兵士たちに眠り薬入りのワインを飲ませました。
 こうして泥棒は、まんまと伯爵の愛馬を盗みだすことに成功したのです。
 泥棒はそのウマに乗って、伯爵にあいさつに向かいました。
 すると伯爵は、苦虫をかみつぶしたような顔で、
「合格だ。だが、まだ試練が残っておるぞ」
と、言いました。
 さて、次の試練です。
 城の窓はしっかりと戸締まりされて、ネズミ一匹入るスキもありません。
 泥棒は夜になると処刑場に行って、罪人の死体を見つけてきました。
 そして伯爵の寝室の窓の下へくると、その死体を肩車して、はしごを登りはじめました。
 すると、伯爵が待ちかまえていたのでしょう。
 寝室の窓に人影が見えたとたん、ピストルを撃ってきたのです。
 ズドーン!
 その弾は、死体の頭に当たりました。
 泥棒が窓の影に隠れていると、出てきた伯爵は死体を埋めるために畑へ行ってしまいました。
 すると泥棒は伯爵の寝室へ忍びこみ、伯爵の声音を使って夫人に話しかけました。
「泥棒は仕留めたが、しかし死体を衆人にさらしては不欄だ。せめて布で包んで埋めてやろうと思う。だからそのベットの敷布を貸してくれ」
「そうですね」
 夫人がベットの敷布を差し出すと、泥棒はさらに言いました。
「あれも命をかけて勝負に挑んだのだ。せめて指輪くらいは一緒に埋めてやりたい。すまないが、お前の指輪をくれないか」
「はい。いいですよ」
 泥棒は、夫人から指輪を受けとりました。
 そうして二品を手に入れた泥棒は、そのまま逃げたのです。
 翌朝、泥棒の名人は伯爵を訪ねて、敷布と指輪を返しました。
 すると伯爵は、またまた苦虫をかみつぶしたような顔で、
「合格だ。だが、最後の試練が残っておるぞ」
と、言いました。
 とうとう、最後の試練です。
 泥棒は僧侶に変装して、寺院の説教壇に立って演説をはじめました。
「最後の日がきた! 汝ら、わしと天国に参りたい者は、この袋に入れ!」
 その演説があまりにも堂々として立派だったので、一番近くで聞いていた寺院の僧侶と納所坊主が、泥棒の示す大きな袋の中に飛びこんだのです。
 こうして三つの試練に合格した泥棒の名人は、伯爵によって泥棒の罪を許されることになったのです。
 でも、それから泥棒の名人は両親に別れを告げて、またどこかへか去っていきました。

おしまい

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