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12月26日の日本民話 2
藤槙淵(ふじまきぶち)
和歌山県の民話 → 和歌山県の情報
和歌山県を流れる熊野川(くまのがわ)に、藤槙淵(ふじまきぶち)という淵(ふち)があります。
ここには古い槙(まき)の木があって、これに藤(ふじ)がからみついているところからこの名前が付けられました。
本宮(ほんぐう)に尾崎(おざき)のお爺さんいう笛の名人がいて、この藤槙淵に藤の花が咲く頃にやって来ては、笛を吹くのを楽しみにしていました。
ある日、名人が淵で笛を吹いていると、突然強い風が吹いて笛を空中にさらい、笛はくるくると舞う様に淵の中に落ちてしまいました。
「これはいかん、大切な笛が」
名人が慌てて淵を見下ろすと、竹で作った水に浮くはずの笛が、まるで糸にでも引かれるように淵の中へ引き込まれていくのです。
「ああ、わしの大切な笛が!」
名人は無我夢中で淵に飛び込むと、沈んでいく笛を追って潜りました。
(だめだ、息が続かん・・・)
気を失った名人がふと目覚めると、そこは水の中ではなく立派な御殿の前でした。
その御殿の中から、
♪キイカラカラトン、キイカラカラトン
と、機を織る音が聞こえていきました。
名人が音のする方へ行ってみると、花のように美しいお姫さまが機を織っているのが見えました。
そしてお姫さまのそばに置いてある石のかまどのわきに、名人の笛が置かれています。
名人が来たことに気づいたお姫さまは、機を織る手を止めてにっこり笑うと言いました。
「いつも笛をきかせてもろうてありがとう。お礼にたんと御馳走させてもらいます」
名人はお姫さまにもてなされるままに、三日を過ごしました。
夢のような時間でしたがさすがに家が恋しくなり、名人は姫さまに別れをつげて笛を手に淵の上に戻りました。
藤の花はあいかわらずきれいに咲いていますが、先ほどとは何か様子がちがいます。
そして名人は家に帰ってみてびっくり。
留守にしたのは三日のはずなのに、何と三年の月日がたっていたのです。
家族は名人が死んだとあきらめて葬式も済ませ、名人が戻ったときはちょうど三年の法事のまっ最中でした。
その後名人は、淵に行く事は二度とありませんでした。
今でも藤槙淵は水の澄み透った時に、水底に石のかまどが見えると言われています。
おしまい
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