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7月17日の小話
はりうち
お金持ちのだんなが、はりを習い始めました。
何度か犬やネコに、はりを打ってみたのですが、まだ人の体には打ったことがありません。
「誰か、はりを打たせてくれねえかなあ。
ちゃんとツボに打って、体の調子をよくしてやるんだが」
はりを打ちたくてうずうずしているところへ、たいこもちが通りかかりました。
「よっ、だんな、おひさしぶり。ごきげんいかがですか?」
たいこもちとは、お金持ちのだんなをおだてあげて、おこづかいをもらう芸人です。
「おお、いいところへきた。
どうせ、こづかいせんに困っているんだろ。
まあ、おあがり。
実はね、はりを覚えたので、二、三本打たせてもらいたいんだ」
「はりですか。それはけっこうですねえ。
ゆうべは飲み過ぎて、胃腸の具合がよくないんですよ。
ちょいと、一本お願いしましょう。
胃腸をなおしていただいた上に、おこづかいまでいただけるなんてありがたいね。
でもだんな、痛くないようにお願いしますよ」
たいこもちは座敷にあがって、腹を出しました。
「あははは、痛いもんか。
なにしろおれのはりは、上等の銀のはりだからな。
まあせいぜい、蚊がとまったていどのものさ。
さあ、体を楽にして。
では、銀のはりを打つよ。
えい!
・・・ありゃ」
だんなははりをさして、首をかしげました。
「ありゃ? だんな、『ありゃ?』て、なんですか!」
はりは打てたのですが、力を入れすぎたために、はりはすっぽり入ってしまい、抜けなくなってしまったのです。
「いや、心配するな。ちょっと、深く打ち込みすぎただけだ」
「だっ、だんな。はやく抜いてくださいよう」
たいこもちの顔は、まっ青です。
「あわてるな。
こんな時のために、迎えばりというのがある。
金の迎えばりを打てば、銀のはりがなんなく抜ける、・・・はずだ」
「本当ですかい? もう、『ありゃ?』は、なしですよ」
「心配するな。
さあ、この金の迎えばりを・・・。えい! ・・・ありゃ?」
だんなはとっておきの金の迎えばりを打ったのですが、銀のはりが抜け出てくるどころか、そのまま金のはりも入ったままになってしまったのです。
「だっ、だんなー。『ありゃ?』はなしって、言ったでしょう」
「うーん。
よし、こうしよう。
二本とも値のはるはりだが、こづかい代わりにやろう。
さあ、もう帰っていいぞ」
「そんなー。・・・とほほほ」
このあとたいこもちは医者に行って二本のはりを抜いてもらいましたが、その治療代は二本のはりを売ってもまだ足りないものでした。
♪ちゃんちゃん
(おしまい)
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