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6月24日の日本の昔話
  
  
  
  じょうるり半七
 むかしむかし、ある村に、半七(はんしち)という、じょうるり(→物語を語ること。人形をつかったお芝居の人形浄瑠璃が有名)ずきの若者がいました。
   自分ではうまいつもりですが、だれも半七のじょうるりをほめてくれません。
   ところが、ある日のこと。
   その半七のところへ、わざわざ山のおくから、ひとりのお百姓(ひゃくしょう→詳細)がたずねてきました。
  「半七さま、わしには、はたらきもんの娘がひとりおりまして、それがこんど、むこをとることになりました」
  「それは、おめでたいことで」
  「そこで半七さま。その祝いに、ぜひ、あんたさんにきてもろうて、じょうるりを語っていただきたいのでございます」
  「はい。そのようなことなら、よろこんでひきうけましょう」
   半七はあくる朝、はやくから山へでかけていきました。
   教えられたとおりに山道を歩いて、丸木橋(まるきばし→一本の丸太で作ったはし)をわたって川をこえていきましたが、いくら歩いても、目印の大きな松の木が見えません。
   たのまれた百姓の家も、見つかりません。
  「もっと、先のほうかな?」
  と、歩いていくうちに、だいぶ暗くなってきました。
   半七は心ぼそくなって、あたりをグルグル見まわしていると、チラリと、むこうの山の中にあかりが見えました。
  「やれやれ、あそこにちがいない」
   あかりを目ざしていくと、なるほど、大きな松の木があります。
   木のそばには、これはまたりっぱな百姓家があって、にぎやかな人の声がきこえてきます。
   半七が中に入ると、きのうのお百姓が羽織(はおり)はかまであらわれて、
  「さあさあ、こちらへ」
  と、おくに案内しました。
   ひろい座敷(ざしき)には、百姓の女房や娘夫婦、近所の人たちが集まっており、すでに、にぎやかな酒もりをはじめていました。
   半七は、座敷の上座(かみざ→目上の者が座る席)にすわらされました。
   足のついた朱ぬりのおぜんを前にだされ、おいしい酒もちょうだいしました。
   半七は、これほどていねいな客あつかいをうけたのははじめてで、すっかりうれしくなりました。
   それで、いざじょうるりというときには、ふだんよりもいっそう心がこもって、なんともすばらしい気持ちで、語ることができたのでした。
   半七のじょうるりが、あんまりみごとなもので、みんな、すっかり聞きほれています。
   一段語りおわると、
  「どうぞ、もう一段」
   そこで、また一段語りおわると、また、
  「ぜひ、もう一段」
  と、のぞまれて、そのころになると、半七は自分でもビックリするほど、うまく語ることができるようになっていました。
   語りおわった半七は、だいぶ夜もふけていたので、この家にとまることになりました。
   いままでねたこともないような、フカフカの上等のふとんで、ゆっくりねむらせてもらいました。
  「ああ、芸というものは、ありがたいものじゃ」
   半七は、しみじみ思いました。
   つぎの朝、半七は目をさましてビックリ。
  「これは、また、どうしたことじゃ?」
   半七はフカフカの上等のふとんではなく、わらの上にねていたのです。
   周りを見まわすと、そこは山おくの、ひどいあばら家でした。
   さてはと、きのうお礼にもらった祝儀袋(しゅうぎぶくろ)を開けてみると、中からヒラヒラと、一まいの木の葉がおちてきました。
   里にもどった半七は、このふしぎなできごとを、村いちばんのおじいさんに話しました。
   するとおじいさんは、
  「半七や。わしの若いころにタヌキが人間にばけて、山おくから芝居をしてくれと、たのみにきたことがあったわい。おまえも、タヌキの婚礼(こんれい→結婚式)によばれたのじゃろう」
  「なるほど。そうかもしれん。それにしても、ようまあ、あんなに身を入れてきいてくれたもんじゃのう。ありがたいことじゃ。ありがたいことじゃ」
   半七はだまされながらも、あの晩のことを思うとうれしく、それから芸にもいっそうはげむようになりました。
   それからというものは、半七のじょうるりはたいへんな人気をよんで、「竹本狸太夫(たけもとたぬきだゆう)」とよばれて、近くの村むらはいうにおよばず、遠くの町まちからも、よばれるようになったそうです。
おしまい