|  |  | 5月19日の日本民話
 
 
  
 クジラの皮の絵
 高知県の民話 → 高知県情報
  むかしむかし、あるところに、とてもゆかいなお百姓(ひゃくしょう)さんがいました。ある日の事、町へ行って宿屋にとまると、頭の毛を長くのばした男の人と同じ部屋になりました。
 (はて、この人はどんな仕事をしている人だろう? お百姓には見えないし、物売りにも見えないし)
 お百姓さんが男の人をジロジロ見ていたら、男の人がこわい顔で、
 「何か! ご用か!」
 と、言いました。
 そこでお百姓さんは、
 「これは失礼しました。失礼ついでにおたずねしますが、お前さんはふつうの人に見えません、一体どんな仕事をしている人ですか?」
 と、たずねました。
 すると男の人はおおいばりで、
 「わしは、絵かきじゃ」
 と、ふんぞり返りました。
 その態度に、お百姓さんはムッとして、
 「なんだ絵かきか。それならわしと同じ仕事だ。大したことはない」
 と、言ったのです。
 「なんと、お前も絵かきか。よし、そんなら一つ絵の腕比べをしようじゃないか。わしが先にかいてみせよう」
 絵かきはふでと紙を出して、さらさらっとかきあげました。
 それは、男の人が川からあがってくる絵です。
 (ほう、なかなかうまいもんだ)
 お百姓さんは感心しながらも、わざとつまらなそうな顔で言いました。
 「お前さんは、本物の絵かきですか?」
 「あたりまえじゃ! この絵はさっき川でおよいでいた人を見ていたので、それをかいたものじゃ」
 「そうですか。でもお前さんは、まだ見かたがたりませんね。とても一人前の絵かきとは思えません」
 「なんだと!」
 「この絵を、よく見てごらんなさい。足の毛が、みんな立っています。人が川からあがった時、毛はぬれてピッタリとはりつくはずですよ」
 「ぬぬっ、・・・そんな細かいところまで、いちいちかけるか!」
 「だからまだ、一人前の絵かきじゃないと言ったのですよ」
 お百姓さんが、いばって言いました。
 絵かきは、くやしくてたまりません。
 「ようし、そんならお前がかいてみろ」
 「わかりました。わたしはこんなつまらない絵はかきません。絵をかくには、物の特徴(とくちょう)をしっかりとつかむことが大切なのです」
 「ぬぬぬっ。・・・いいから、はやくかけ!」
 「では」
 お百姓さんはふでにたっぷりすみをつけると、ペタペタペタと、紙をまっ黒にぬりはじめました。
 絵かきがビックリして、
 「こりゃ、何の絵だ?」
 と、言ったら、お百姓さんはすました顔で言いました。
 「クジラの皮です」
 「クジラの皮だと。ただまっ黒にぬりつぶしてあるだけじゃないか」
 「そうです。クジラというのは、人の何十倍もある大きな生き物です。こんな小さな紙一枚では、とうていかけません。だから皮のはしっこのところだけをかきました」
 おしまい        
 
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