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        福娘童話集 > きょうの百物語 > 5月の百物語 >房太郎 
         
      5月18日の百物語 
        
        
       
房太郎 
新潟県の民話 → 新潟県情報 
     
    ・日本語 ・日本語&中国語 
      
      
       むかしむかし、越後の国(えちごのくに→新潟県)に、関矢喜右衛門(せきやのきえもん)という豪族が住んでいて、大変な力を持っていました。 
 その喜右衛門(きえもん)の屋敷は御殿の様に立派で、大勢の人たちが働いています。 
 
 ある日の夕方、一人の男の子がこの屋敷へたずねてきました。 
「わたくしは、遠くから来た者です。どうか、この屋敷で働かせてください」 
 男の子は上品な顔立ちで身なりもきちんとしていたので、屋敷の者は喜右衛門に、 
「身分の高い子どもが、たずねてきました」 
と、伝えました。 
 そこで喜右衛門がやって来て、子どもにたずねました。 
「お前は、どこから来たのだ? 名前は、何という?」 
「はい。わたくしは、都から来ました。名前は、房太郎(ふさたろう)といいます」 
 まだ七才ぐらいですが、実にしっかりとした態度に喜右衛門は感心してしまいました。 
「よし、望み通りやとってやろう」 
 こうして房太郎は、喜右衛門の屋敷で働く事になったのです。 
 
 さて、この房太郎は良く働き、誰の言う事も良く聞く、とても利口な子どもでした。 
 そこですぐに屋敷の人気者となり、誰もが、 
「房太郎、房太郎」 
と、可愛がる様になりました。 
 喜右衛門も房太郎をすっかり気に入って、まるで自分の子どもの様に可愛がりました。 
 こうして、五、六年が過ぎると、房太郎は立派な若者になりました。 
 今では知恵も力も、喜右衛門に負けないほどです。 
 喜右衛門はますます房太郎を気に入り、いつしか自分の後を継がせたいと思う様になりました。 
 ところが房太郎には、不思議なうわさがありました。 
 それは夜になると、ふっと姿を消してしまうというのです。 
 どこへ何をしに行くのか、誰も知りません。 
 
 ある晩、喜右衛門は房太郎をよんでたずねました。 
「お前は毎晩の様に出かけて行くそうだが、いったいどこへ何をしに行くのだ?」 
 すると房太郎は、真面目な顔できっぱりと言いました。 
「はい。実は剣術の腕を磨く為、山へ出かけていました。山で毎夜、木を相手に頑張っています」 
「そうか、それは感心!」 
「でもこの事は、黙っていてほしいのです。人に知られては、練習に身が入りません」 
「わかった。しかし剣術なら、そのうちにわしが教えてやろう」 
 
 それからしばらくしたある日、喜右衛門の耳に恐ろしいうわさが入ってきました。 
 房太郎が出かけた翌朝には必ずと言ってもいいほど、けものに食い荒らされた様な旅人の死体が見つかるというのです。 
 うわさは近くの村にまで広まって、誰もが房太郎を怖がる様になりました。 
 これにはさすがの喜右衛門も黙っていられず、房太郎に夜の外出を禁じようとしたのですが、もうすでに出かけた後だというのです。 
 
 その晩の事。 
 伝教大師(でんぎょうだいし)というお坊さんが、喜右衛門の屋敷に近い農家に泊まっていました。 
 とてもむし暑い夜なのに、急に冷たい風が吹き込んできたので、 
(はて? なぜ冷たい風が?) 
と、不思議に思ったお坊さんがふと目を開けると、まくら元に刀を抜いた男が立っていました。 
 男は刀を振り上げて、お坊さんの胸に突き刺そうとしましたが、武術と剣術の心得があったお坊さんは、その攻撃をさっとかわすと、まくら元に置いていたつえの刀を引き抜いて、男の腕を切り落としたのです。 
「うぎゃーーー!」 
 男は悲鳴をあげると、切り落とされた腕と刀を拾って逃げていきました。 
 悲鳴を聞きつけて家の人がやって来ると、あたりに血が飛び散っています。 
「お坊さま、お怪我は?」 
「大丈夫。突然に刀で襲われたので、反対に相手の腕を切り落としてやりました。まるで、けものの様な身のこなしでしたが、・・・ご主人、心当たりはありませんか?」 
 お坊さんがたずねると、家の主人は村に広まっているうわさの事を話しました。 
「そうか。よし、わしが正体を見届けてやろう」 
 
 夜が明けると、お坊さんは家の庭に血の跡が点々と続いているのを見つけました。 
 お坊さんがその血の跡を追って行くと、血の跡は喜右衛門の屋敷まで続いています。 
 そこでお坊さんは喜右衛門に会って、昨夜の事を話しました。 
「まさか、あの房太郎が」 
 喜右衛門はすぐに房太郎の部屋へ行きましたが、やはり房太郎の姿がありません。 
 しかし点々とした血の跡が、裏口の方へとのびています。 
 そこで喜右衛門とお坊さんは、屋敷の若者たちと一緒に血の跡を追いました。 
 
 血の跡を追ってどんどん山を登って行くと、大きな岩穴がありました。 
 血の跡は、岩穴の中へと続いています。 
(さては、この中に逃げ込んだな) 
 喜右衛門が、大声で言いました。 
「房太郎、出て来い!昨夜の事は、全て聞いたぞ!」 
 すると岩穴から、片腕のない房太郎が出て来ました。 
「やはり、お前の仕業か」 
 喜右衛門が言ったとたん、房太郎の頭から二本の角が出て、鬼の姿となりました。 
「おれは、この岩穴に住む鬼だ。 
 いつかお前を殺して、お前の屋敷と土地をおれの物にしようと思っていた。 
 だが、こうなってはもうおしまいだ。 
 お前たちを、一人残らず食べてやる!」 
 房太郎はそう言うと、喜右衛門に飛び掛りました。 
 その時です。 
「えいっ!」 
と、間に入ったお坊さんが、房太郎を投げ飛ばしたのです。 
 
 投げ飛ばされた房太郎も、助けられた喜右衛門も、お坊さんの武術にびっくりです。 
 起き上がった房太郎が、鋭い牙をむいて言いました。 
「坊主め、お前から食い殺してやる!」 
 しかしお坊さんは房太郎の攻撃をひらりとかわすと、今度は岩の上に房太郎を頭から投げ飛ばしました。 
 岩に頭をぶつけた房太郎は、そのまま頭から血を流して死んでしまいました。 
「危ないところを、ありがとうございました」 
 喜右衛門が礼を言うと、お坊さんはやさしく頷いて言いました。 
「いかにオニといっても、お前さんの屋敷で長年暮らしてきたのだ。冥福を祈ってやるとよいでしょう」 
 そこで喜右衛門は房太郎の死体を屋敷近くの小さな山に埋めて、お墓を建ててやりました。 
 
 このお墓は、今も残っているという事です。 
      おしまい 
         
         
         
        
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