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6月17日の百物語
雨の小坊主
京都府の民話 → 京都府情報
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むかしむかし、京都のある町に、新兵衛(しんべえ)という心優しい商人がいました。
新兵衛は着物屋の主人でしたが、今では店を息子にまかせて気楽な隠居(いんきょ)生活です。
暇さえあれば、好きなうたい(→能や狂言)の稽古に精を出す毎日でした。
ある雨の日の事、隣町まで稽古に行った新兵衛が仲間たちと世間話をしているうちに、もう夜更けになっていました。
「おや? もうこんな時刻でしたか」
新兵衛は仲間たちに別れを言うと、一人だけ反対の方角へ帰って行きました。
昼間からの雨はまだしとしと降り続いており、道にはいくつも水たまりが出来て、ちょうちんの灯に光っています。
その水たまりをよけながら、うたいの一節を口ずさんでいると、あるお屋敷の大きな門の下に白い物がちらりと見えました。
(はて。何だろう?)
ちょうちんを向けながら近づいて行くと、門の下に六つか七つばかりの男の子がしょんぼりと立っていて、足元に落ちる雨だれを見つめていました。
(こんな夜ふけに、この子は何をしているのだ?)
きちんとした身なりからすると、家出でもなさそうです。
男の子は新兵衛と目が合うと、恥ずかしそうに目をふせました。
そして門の下から雨の中へ飛び出して、新兵衛の家の方向に歩き始めました。
「これこれ、待ちなさい。
どこまで行くのじゃな?
雨にぬれては体に毒だから、ほれ、わたしのかさに入りなさい」
新兵衛が言っても、男の子は水をふくんだぞうりをぴたぴたと音をさせながら、振り向きもせずに歩いて行きます。
「これ、わたしの家は、もうすぐそこだ。
遠くまで行くのなら、わたしの家に寄りなさい。
体を拭いて、かさを貸してやろう」
新兵衛は後ろから子どもにやさしく声をかけましたが、子どもが黙ったままなので、今度はあれこれと思いをめぐらしました。
(しょんぼりと門の下に立っていたが、さびしそうな顔はしていなかったな。
そうすると、奉公先の仕事が終わって、親の元に帰るところなのかもしれない)
そう思うと、新兵衛は男の子がいじらしくなってきました。
新兵衛も子どもの頃に苦労をして、今の立派な店を持つ事が出来たのです。
「ほれ、ほれ。遠慮せずに、かさにお入り」
新兵衛はかさを持つ手を伸ばしながら、前を歩く男の子に言いました。
ですが男の子はあいかわらず黙ったまま、ぴたぴたとぞうりの音をさせています。
新兵衛の頭に、また別の考えが浮かびました。
(待てよ。
そう言えば、雨だれを見つめていた目は、何かを思いつめた悲しい目だったぞ。
きっと、この子の父親か母親が病気で急に亡くなってしまい、どこぞのお寺さんへでも知らせに行くところかもしれないぞ)
そう思うと、新兵衛はますます男の子の事が気になりました。
自分の家はもうすぐそこで、大きなスギの木の下の茶屋のかどを曲がったところです。
「わたしの家は、あそこのかどを曲がればもうすぐだ。このかさと明りを持って行きなさい。遠慮はいらないよ」
すると男の子が、ようやく立ち止まって、初めて振り返りました。
「・・・?!」
新兵衛は思わず、息を飲み込みました。
なんと男の子の顔には、たまごの様な三つの目玉と大きな口しかなかったのです。
「うーん」
新兵衛はそのまま、気を失ってしまいました。
翌朝、新兵衛はある大きなお寺の墓場に倒れているところを、お寺の人に見つけ出されました。
さいわいにも新兵衛はすぐに元気を取り戻しましたが、不思議な事にそのお寺は新兵衛の家とは全く反対の方角の山のふもとだったそうです。
おしまい
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