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11月8日の日本民話
桂川(かつらがわ)の餅屋の娘
京都府の民話→ 京都府情報
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むかしむかし、京の町はずれに住む夫婦に、ようやく赤ちゃんが授かりました。
長い間子どもが出来ずにあきらめかけていたので、二人はとても大喜びです。
さて、お腹の赤ちゃんがそろそろ産まれそうになると、男は心配で心配でいてもたってもいられず、丹波(たんば)の老ノ坂(おいのさか)にある子安地蔵(こやすじぞう)に安産をお願いに行きました。
「子安地蔵さま。どうか子どもが、無事に生まれますように」
するとそこへ、別のお地蔵さんがやって来て言いました。
「子安地蔵さま、わたしの知り合いに難産でひどく苦しんでいる母親がいます。どうか一刻も早く、あの母親を救ってやって下さいませ」
一度に二つの頼み事をされた子安地蔵は、困ってしまいました。
「はてさて、我が身は一つだから、同時に二人の願いを聞いてやることは出来ない。
一体、どうしたものか?」
子安地蔵はしばらく考えると、男に向かって言いました。
「先のお方。すまないが、苦しんでいる者を先に助けねばならん。
それが終われば必ず戻るから、ここで待っていて下され」
そして子安地蔵は、後から来たお地蔵さんと一緒に出かけてしまいました。
「まいったな、いつ帰って来るんだろう?」
男は家に残してきた妻の事が心配でしたが、ここまできた以上、手ぶらで帰るわけにはいきません。
そしてやっと帰ってきた子安地蔵をせきたてるように、男は家へ向かいました。
その途中、子安地蔵はすまなそうな声で言います。
「実はな、お前の妻は難産の末に、子を死産する運命にあったのじゃ。
しかし、こうしてお前がわしのところに来たのも何かの縁、今回は何とか赤子の命を助けてやろう。
だがな、それも十八までじゃ。
その子は十八になった年に、桂川に命をささげることになるだろう。
すまんが、これ以上はわしの力でも、どうにもならないのだよ」
男はそれを聞いて、びっくりしました。
自分の子どもが、十八才で死ぬというのです。
でも、死産よりはましです。
男は家に帰ると、妻が寝ている部屋へ飛び込みました。
すると妻は難産でしたが、子安地蔵の言った通り元気な男の子を産んでいたのです。
それを見て、子安地蔵が男に言いました。
「わしはこれで帰るが、その赤子の運命を忘れるでないぞ」
男は子安地蔵を見送ると、生まれてきた子どもをしっかりと抱きしめました。
(たとえ十八までの運命でも、立派に育ててやるからな)
さて、男の子は二人に大切に育てられて、すくすくと元気に育っていきました。
あまりに元気な様子に、男も妻も子安地蔵の言葉が間違いだと思いました。
(こんなに元気な子が、十八で死ぬはずがない)
そんな時、男は役所から、桂川の守り役を命じられたのです。
桂川の近くに引っ越した男は、ふたたび子安地蔵の言葉を思い出しました。
(やはりおれの子どもは、十八の年に桂川で死ぬのだろうか?)
役所からの命令なので、桂川の守り役を断ることは出来ません。
こうなれば、桂川に異変がないことを祈るばかりです。
そしてとうとう男の子が十八才をむかえた日、桂川は朝からの大雨で水があふれんばかりに水かさを増していました。
(ちくしょうめ、大雨が降りやがった。だが、息子が家にいれば大丈夫だ。いくら何でも、家までは桂川の水もやってこない)
男がそう思って桂川に出かけようとした時、息子が声をかけてきました。
「お父さん、今日はお願いがあります。
わたしも、今日で十八です。
お父さんの代わりも、つとまる年です。
桂川の事はわたしにまかせて、お父さんは家にいて下さい」
息子はそう言うと男の止める声をふりきって、笠一つで雨の中へ飛び出して行きました。
男はこれも息子の運命だとさとり、妻に息子の最後が来た事を告げました。
そして息子のなきがらを持ち帰るため、後を追って桂川へと向かいました。
桂川まで走っていった息子は、途中でとてもお腹が空いてきました。
そこで先に腹ごしらえをしようと、川のそばにあるもち屋に入って名物のもちをたらふく食べました。
そして代金を払おうとして金額をたずねると、もち屋の娘は、
「はい。百貫です」
と、言うのです。
「百貫ですか!?」
あまりの金額にびっくりしながらも、持ち合わせのない息子は娘に編み笠を渡して言いました。
「悪いが、今はこれを代金の代わりに受け取ってくれ。
わたしはこれから、桂川を守りに行かなくてはならない。
無事に生きて帰れば、代金の百貫は必ず払おう。
だが、もしもわたしが死んだ時は、この命、編み笠一枚程度だったと思ってほしい」
すると娘はにっこり笑って、息子に言いました。
「実はわたしは、桂川の主なのです。
今日は、あなたのお命をいただくはずでした。
でも、あなたのやさしさに心をうたれました。
そこであなたを運命を変えて、六十一の年まで無事に生かしてさしあげましょう」
そう言って娘は、荒れくるう桂川に飛び込みました。
すると桂川が、急に静かな流れになったのです。
その後、息子も桂川の主が言った言葉通り、六十一才まで病気一つしなかったそうです。
おしまい
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