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5年生の日本民話
けがの功名
兵庫県の民話
むかしむかし、ほうろく(→素焼(すや)きの土なべ)売りの男がいました。
ある日の事、うす暗くなるころまで売り歩きましたが、今日は一つも売れません。
疲(つか)れてトボトボと帰って来ると、道が下り坂になりかけた所に、一人の侍(さむらい)がねていました。
強そうな侍(さむらい)でしたから、男はその前をおそるおそる、しのび足で通り過(とおりす)ぎました。
ところが、男がそっとふり返って見ても、侍(さむらい)はそのままで、少しも動かないのです。
(こりゃ、おかしいぞ。ひょっとして、死んでいるのでは?)
男はそう思って、また侍(さむらい)のねているそばまでもどってきて、よく見ました。
やはり侍(さむいら)は、少しも身動きしません。
(これはいよいよ、死んでいるな。だが、確(たし)かめてみないことには)
男はそばに落ちていた棒(ぼう)きれで、いきなり侍(はべ)の頭にガツンと一発くらわすと、いちもくさんに逃(に)げました。
ですが侍(さむらい)が、男の後を追いかけては来ません。
そこでまた戻(もど)ってきて、侍(さむらい)のふところに手を入れてみますと、侍(さむらい)の体が石のように冷たいのです。
(うん、まちがいない。死んでおる)
男は侍(さむらい)のふところに手を入れたとき、指先にふれた侍(さむらい)の紙入れ(かみいれ→さいふ)を取り出して中を見ました。
すると、お金がずしりと入っているではありませんか。
(おう、これは天のめぐみにちがいない。ありがたや)
男は侍(さむらい)の紙入れをいただいて、いちもくさんに坂をかけおりて行きました。
そして、また途中(とちゅう)で立ちどまり、あたりのようすをうかがいましたが、だれも通りかかる人はいません。
そこで男は、またまた動かないでいる侍(さむらい)の所にもどりました。
そして侍(さむらい)の大小の刀をはじめ、身につけている羽織(はおり)や、はかまはもちろん、ふんどしだけを残してぜんぶ取ると、いちもくさんに家まで飛んで帰りました。
(さあ、おらはもう、ほうろく売りはやめたぞ。明日からは侍(さむらい)じゃ)
さて、あくる朝、男はまだ暗いうちから起き出して侍(さむらい)の姿(すがた)になり、せまい家の中で反り返ったり、せきばらいをしたりしていました。
そして明るくなると、町に行ってみました。
町の中央には大きな立てふだがあり、大きな字で何やら書いてありました。
ほうろく売りの侍(さむらい)は朝から晩(ばん)まで立ちつくして、その立てふだを見つめていましたが、もともと字というものを知りませんので、いつまでそうしていても読めないのです。
そろそろ、人通りも少なくなるころ、
「そこのお侍(さむらい)さま、朝からなぜ、そのようにいつまでもお立ちかの」
と、一人の老人が、そばに来てたずねました。
「うむ、あの字がみごとなもので、つい見とれてしまったのじゃ」
ほうろく売りはうまくごまかして、老人から立てふだに書いてあることを聞き出しました。
老人の話によると、この町の金持ちの家に毎晩(まいばん)出るバケモノを退治(たいじ)してくれた人を、一人娘(ひとりむすめ)のむこにすると書いてあることがわかりました。
ほうろく売りは、さっそくその金持ちの家に行って言いました。
「わしは、日本中を武者修行(むしゃしゅぎょう)しておる。腕試(うでだめ)しにと、立てふだを見てまいった」
喜んだ金持ちは、ほうろく売りにたいへんごちそうして、二階の広い部屋にとめてくれました。
さて、ほうろく売りが生まれて初めての、ふかふかのふとんに寝(ね)ころがっていると、広い部屋のかもいに、ヤリ、なぎなた、弓、鉄砲(てっぽう)などの武器(ぶき)が、たくさんかけてあるのを見つけました。
ほうろく売りには、どれもめずらしい物ばかりです。
まず鉄砲(てっぽう)をつかみ取って、あちこちいじっていると、
ズドン!
と、いきなり鉄砲(てっぽう)の玉が飛び出してしまいました。
「うわっ、しまった!」
ほうろく売りがおろおろしていると、この家の番頭(ばんとう)が飛び込(とびこ)んできて言いました。
「お侍(さむらい)さま、まことにありがとうございました。たった今、押し入(おしい)れからバケモノが出てきたので、お侍(さむらい)さまに報告(ほうこく)しようとしていたところ、お侍(さむらい)さまがたったいま撃(う)った鉄砲(てっぽう)の玉で、バケモノがみごとにしとめられました」
「へえ、そうなの?」
「ありがとうございます。本当にありがとうございます」
こうしてほうろく売りは、めでたく金持ちの一人娘(ひとりむすめ)のむこにおさまりました。
さて、とてもすご腕(うで)の侍(さむらい)が金持ちの家のむこになったという評判(ひょうばん)が、たちまち町に広がりました。
それで、遠くの村の百姓(ひゃくしょう)がたずねてきて、
「田畑をあらすバケモノが出てこまっているから、お侍(さむらい)さんの力で、なんとか退治(たいじ)してくだせい」
と、たのみました。
ほうろく売りは、
(こわいから、いやだな)
と、思いましたが、評判(ひょうばん)の手前、行かないわけにはいきません。
そこで、しぶしぶ承知(しょうち)しました。
さて、ほうろく売りの嫁(よめ)になった金持ちの娘(むすめ)は、このむこがどうにも気に入らなかったので、もう帰って来ないほうがよいと思い、弁当(べんとう)のにぎりめしに毒を入れておきました。
さて、バケモノが出るという村に着くと、村人たちはボロボロの小屋にほうろく侍(さむらい)を案内して、日のくれないうちにみんな立ち去りました。
真夜中になると、ゴー、ゴーと、気味の悪い音がして、なまぐさい風とともに、おそろしい二つの光が小屋に近づいて来ました。
こわくなったほうろく侍(さむらい)は、思わず小屋を飛び出して、そばのカキの木にのぼると、ふんどしで体を木にくくりつけました。
そしてそのまま木にしがみついてふるえていると、二つの光を持ったバケモノは、木の下までやって来ました。
ほうろく侍(さむらい)がこわごわ下を見ると、バケモノの正体は大きなヘビで、二つの光はその目玉でした。
ヘビはおそろしい口を開けて、今にもほうろく侍(さむらい)をひとのみにしようとしています。
ほうろく侍(さむらい)は、自分もこれでおしまいだと思い、目をとじて、
「なんまんだぶ、なんまんだぶ、なんまんだぶ」
と、となえました。
ところがあまりガタガタとふるえたので、ふところに入れていた毒のにぎりめしがころがり出て、ヘビの口の中へ落ちたのです。
「ウギャーーー!」
毒のにぎりめしをのみこんだヘビは、うめき声を上げながらバタバタとあばれましたが、やがて静かになりました。
一晩中(ひとばんじゅう)、木にしがみついていたほうろく侍(さむらい)が、明るくなってから下を見てみると、大きなヘビが死んでいます。
それで木からおりると、死んだヘビの両目に、一本ずつ矢をさしておきました。
しばらくしてやって来た村人たちは、両目をみごとに矢でいぬかれて死んでいるヘビを見て、
「さすがは、すご腕(うで)のお侍(さむらい)さまじゃ!」
と、口ぐちに感心してほめたたえました。
この評判(ひょうばん)は、殿(との)さまの耳にも入りました。
「そのような見事な腕前(うでまえ)を持った者なら、わしの家来(けらい)にいたしたい」
と、言って、殿(との)さまはウマに乗った五、六人の家来をさし向けました。
ほうろく侍(さむらい)は、ウマなどに乗ったことがないので、一番後からウマのせなかにやっとしがみついて行きました。
とちゅう川をわたるときに、家来たちはウマをうまくあやつり、上手に川をわたって行きましたが、ほうろく侍(さむらい)はすぐに川へ落ちてしまいました。
それに気がついた家来たちがもどってみると、ほうろく侍(さむらい)は大きなコイを一匹(1ぴき)、しっかりとつかんでいました。
そして、
「けがは、ありませんか?」
と、心配して聞く家来たちに、
「初めてお目にかかるお殿(との)さまに、なんの手みやげがのうてはまずい。ちょうど手ごろなコイが目についたもので、取りにおりたのじゃ」
と、答えましたので、家来たちはすっかり感心しました。
こうしてほうろく侍(さむらい)は、殿(との)さまにお目にかかりましたが、
「お主はすご腕(うで)と聞くが、わしのよりぬきの家来と目の前でたたかい、その剣術(けんじゅつ)を見せてみよ」
と、言ったのです。
ほうろく侍(さむらい)は、もちろん剣術(けんじゅつ)など知りません。
「これは、いたくこまりもうした」
なんとか逃(に)げようと、いろいろと言い訳(いいわけ)を考えましたが、もう間に合いません。
バシッ、ビシッ、ガツン!
と、けらいたちにさんざんにうちたたかれました。
「たっ、助けてくれー!」
と、叫(さけ)びながら、死にものぐるいになってにげ回っているうちに、ふと目がさめました。
「はっ、ここは?」
実は今までの事は、みんな夢(ゆめ)だったのです。
仕事の時間だというのに、あんまりいつまでも寝(ね)ているものだから、奥(おく)さんがほうろく売りの頭をたたいていたのでした。
おしまい
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