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6月26日の世界の昔話
おやゆび小僧
グリム童話 →詳細
むかしむかし、貧乏(びんぼう)な百姓(ひゃくしょう)がいました。
ある晩のこと、百姓はおかみさんにいいました。
「わしらみたいに、ひとりも子どもがないのは、さびしいものだね。子どものいるうちじゃ、ワイワイとにぎやかなのに、うちはこんなにもひっそりしているんだもの」
「そうですね」
おかみさんは、ため息をつきました。
「たったひとりでいいから、そして、いくら小さくっても、たとえ、親指ぐらいでもかまわないから、子どもがいればいいのにね」
そういったとき、どこからか星のついたつえを持った妖精(ようせい→詳細)があらわれてきて、二人にいいました。
「そのねがい、かなえてあげましょう」
するとまもなく、おかみさんは気分がすぐれなくなって、それから七ヶ月ほどたつと、子どもがひとり生まれました。
とても元気で、かわいい子どもでしたが、ただ、背たけが親指ぐらいしかありません。
けれど、夫婦は妖精に、心から感謝しました。
そして、その子を『おやゆび小僧』と名をつけたのです。
夫婦は、おいしいものをかかさず食べさせましたが、子どもはすこしも大きくならず、いつまでたっても生まれたときとおなじ大きさです。
けれども、とてもかしこい子どもでした。
ある日のこと、百姓が森へ木を切りにいくしたくをして、ふと、ひとりごとをいいました。
「だれか、あとから車をもってきてくれるものがあるといいんだがなあ」
すると、おやゆび小僧がいいました。
「お父さん、車なら、ぼくがもっていってあげるよ」
これをきくと、百姓はわらっていいました。
「どうして、そんなことができるんだね? おまえのようなチビじゃ、ウマのたづなもひけやしないよ」
「だいじょうぶだよ。お母さんがウマさえつないでくれれば、ぼくはウマの耳のなかに入って、道をおしえてやるよ」
「じゃ、ひとつやってみるかな」
時間がくると、お母さんがウマを車につけて、おやゆび小僧をウマの耳に入れました。
すると、小僧はウマのいく道をどなりました。
「ほい! そら右だ! そら左だ!」
すると、まるで名人がたづなをとっているように、ウマはすこしも道をまちがわずに森へむかいました。
そこへ、よその国の人がふたりでやってきました。
ひとりがいいました。
「ありゃ、なんだい? 車ひきがウマにどなっている声はきこえるけれど、すがたが見えないぞ」
すると、もうひとりがいいました。
「こいつは、ただごとじゃないぜ。あの車についていって、どこでとまるか見てやろう」
車はズンズンと森のなかへ入っていって、木が切りたおされているところへ、ちゃんとつきました。
おやゆび小僧はお父さんのすがたを見つけると、よびかけました。
「お父さん、どうです。ちょんと車をもってきたよ。さあ、ぼくをおろして」
お父さんは左の手でウマをおさえ、右の手でウマの耳から息子をだしてやりました。
それを見ていたふたりの旅人は、あきれてものがいえません。
そのうち、ひとりの男が、もうひとりの男にいいました。
「おい、あのチビを大きな町につれていって、金をとって見せものにしたらどうだろう。きっともうかるぞ」
「そうだな、あいつを買いに行こう」
ふたりは、父親のところへいっていいました。
「その小さな人を売ってくれないか。わたしたちのところで、しあわせにしてあげるよ」
「とんでもない。これは、わしのだいじな子だ。世界じゅうの金をくれたって、売ることはできないよ」
ところがおやゆび小僧は、お父さんの肩の上に立って、耳のなかにささやきました。
「お父さん、ぼくをこの人たちにうってください」
「しかし・・・」
「大丈夫。きっとまた、もどってきますよ」
そこでお父さんは、大金と引きかえに、おやゆび小僧をふたりの男にわたしました。
「おまえは、どこにすわりたい?」
と、ふたりがたずねました。
「ああ、おじさんのぼうしのふちにのせておくれよ。そこなら、あっちこっち散歩ができるし、けしきも見られるもの。おっこちやしないよ」
ふたりは、おやゆび小僧のいうなりにしてやりました。
こうして歩いていくうちに、夕方になりました。
すると、小僧がいいました。
「ちょっとおろしておくれよ。ウンチがしたいから」
「いいから上でしな。鳥なんかも、よくその上におとすもんだ」
「だめだよ、そんなぎょうぎのわるいこと。さあ、はやくおろしておくれよ」
そこで、男は小僧を道ばたの畑の上においてやりました。
すると小僧は、しばらく土のかたまりのあいだを、あちこちとんだり、はいまわったりしてしましたが、そのうち野ネズミの穴を見つけて、いきなりそのなかにもぐりこんでしまいました。
「ごきげんよう、おじさんたち、ぼくにはかまわないで、うちへおかえんなさい」
ふたりはかけよって、ネズミの穴にステッキをつっこんでみましたが、おやゆび小僧はドンドンと、おくへ入っていくし、そのうちあたりはくらくなるしで、ふたりの男はプンプンおこりながら帰ってしまいました。
おやゆび小僧は、ふたりがいってしまうのを見届けると、地面の下からはいだしてきました。
「まっくらな畑を歩くのはあぶないな」
おやゆび小僧は、カタツムリのカラをみつけました。
「ありがたいぞ。このなかで夜あかしすりゃ、あんしんだ」
こういって、そのなかにもぐりこみました。
それからほどなく、小僧がねようとすると、ふたりのドロボウがやってきました。
そのうちのひとりが、こんなことをいいます。
「あの金持ちの坊さんのところから、金や銀をとってくる方法はないだろうか」
「ぼくがおしえてやろうか?」
と、おやゆび小僧がいいました。
「ありゃ、なんだ? だれかの声がしたぞ」
ドロボウのひとりが、ビックリしていいました。
おやゆび小僧は、またいいました。
「ぼくをつれておいでよ。そうしたら、手つだってあげるよ」
「? ・・・いったいどこにいるんだい?」
「地面をさがして、声のするところに気をつけてごらんよ」
こういわれて、ドロボウたちは、やっと小僧を見つけました。
「おい、チビすけ、どうやっておれたちの手つだいをするんだ?」
「いいかい、ぼくが鉄の棒のあいだから坊さんのへやのなかに入りこんで、おじさんたちのほしいものを、もってきてあげるのさ」
「ようし、おまえの手なみをはいけんするとしよう」
こうして三人は、坊さんの家へやってきました。
おやゆび小僧は、へやのなかに入り込むと、すぐさま力いっぱいにどなりました。
「ここにあるもの! みんなほしいのかい!」
ドロボウたちはビックリしていいました。
「たのむ、もっと小さな声にしてくれ。うちの人が目をさますじゃないか」
けれど、おやゆび小僧はドロボウのいうことがわからなかったようなふりをして、またもやどなりました。
「なにがほしいのさ! ここにあるもの! みんなほしいのかい!」
そのとき、となりのへやでねていた料理番の女が、その声に目を覚ましました。
ドロボウたちは、すこしにげだしましたが、たちどまると、こう考えました。
(あのチビすけめ、おれたちをからかっているんだ)
そこでふたりはもどってきて、おやゆび小僧にささやきました。
「なんでもいい。なにかもちだしてきてくれ」
するとおやゆび小僧は、またしても、だせるだけの大声でどなりました。
「いいよ! なんでもやるよ! 手をなかへつっこんでおくれよ!」
これをきいた料理番の女は、ベッドからとびだして、ころぶように部屋へ入ってきました。
「まずい、にげろ!」
ドロボウたちは、にげだしました。
部屋に入った女は、なんにも見えないので、あかりをつけにいきました。
女があかりをもってくると、おやゆび小僧は見つからないように部屋をとびだして、納屋(なや→物置)のなかにかくれました。
女は、すみからすみまでさがしましたが、なんにも見つかりませんので、またベッドにもどりました。
おやゆび小僧は、ほし草のなかをあっちこっちはいまわって、今日の寝場所を見つけました。
ここで夜のあけるまでやすんで、それから両親(りょうしん)のところへかえるつもりでした。
ところが、それがとんだことになりました。
夜がやっとあけるかあけないうちに、女がウシにえさをやりにきたのです。
まず、いちばんはじめにやってきたのは納屋でした。
そして、ほし草をひとかかえほどつかみました。
ところが、それはあいにく、おやゆび小僧のねていたほし草だったのです。
おやゆび小僧はグッスリねていたので、なんにも知りません。
目がさめたのは、なんとウシのお腹のなかだったのです。
おやゆび小僧は、すぐに、じぶんがどんなところにいるのか気がつきました。
「このへやは、まどをつけることをわすれたな。お日さまもさしこまないし、あかりもつけてくれない。と、じょうだんをいっている場合じゃないな」
おやゆび小僧は、ありったけの声をだしてさけびました。
「もう、えさはたくさんだよ! これ以上食べたら、ぼくはおしつぶつれちゃうよ!」
その声を聞いた女は、あわてて主人のところへとんでいきました。
「たいへんです、ご主人さま、ウシが口をききました」
「なんだと? おまえは、気でもちがったのか?」
坊さんはこういいましたが、ともかく、ウシ小屋へいってみました。
坊さんが小屋へ足をふみいれたとたんに、おやゆび小僧が、またどなりました。
「もう、えさはたくさんだよ。あたらしいえさはたくさんだよ」
これには、さすがの坊さんもきもをつぶしました。
そして、これは悪魔(あくま→詳細)がウシのからだにのりうつったのだと思って、ウシを殺すようにいいつけました。
そこでウシは殺され、おやゆび小僧のかくれていた胃ぶくろは、こやしだめの上にすてられました。
おやゆび小僧は、そこからぬけでるのに、たいそう苦労しましたが、それでも、やっと頭を外へだそうとしたとたんに、またまた大変なことになってしまいました。
おなかのすいているオオカミ(→詳細)がかけてきて、おやゆび小僧の入っていたウシの胃ぶくろを食べてしまったのです。
「ありゃあ、またお腹の中に入ってしまった。でも、オオカミはウシよりはかしこいはず、話がつうじるかもしれないぞ」
おやゆび小僧は、おなかのなかからオオカミによびかけました。
「オオカミくん。きみにすてきなごちそうをしてあげるところを知っているんだけど」
「どこにあるんだい?」
「案内してあげるよ。うちのなかへは、ドブから入りこまなければならないんだけれど、いったんなかに入ったら、おかしでも、べーコンでも、ソーセージでも、なんでも食べたいほうだいだよ」
こういって、おやゆび小僧はじぶんのうちに案内しました。
オオカミはおやゆび小僧に案内されるまま、ドブから食べものをしまってある部屋に入っていき、思うぞんぶんに食べました。
食べるだけ食べたオオカミは、家から出て行こうとしましたが、食べすぎておなかが大きくなったので、さっきとおなじ道だというのに、そこからでることができなくなりました。
おやゆび小僧は、それをあてにしていたのです。
さっそく、オオカミのおなかのなかで大さわぎをはじめ、力いっぱいにあばれました。
「しずかにしていろ。うちのものがおきてしまうじゃないか」
と、オオカミがいいましたが、
「なんだと、おまえばかり食べて。ぼくだってゆかいにやりたいよ」
おやゆび小僧はこういって、力いっぱいにわめきたてました。
そのため、さわぎをきいたお父さんとお母さんが部屋へかけつけて、すきまからのぞいてみました。
すると、なかにオオカミのいるのが見えましたので、ふたりはとんでかえり、お父さんはオノを、お母さんは大ガマをもってきました。
ふたりは部屋のなかに入ると、お父さんがお母さんにいいました。
「おまえはうしろにいなさい。わしがガツンとくらわせるから。それでも死ななかったら、おまえが切りつけて、あいつを八つざきにしてしまうんだ」
おやゆび小僧は、お父さんの声をききつけてさけびました。
「お父さん! ぼく! ここにいるよ! オオカミのおなかのなかに! はいっているんだよ!」
それを聞いたお父さんは大よろこびです。
「ありがたいぞ。かわいいせがれが見つかったぞ」
そして、お父さんはオオカミをねらってオノをふりあげると、オオカミの脳天(のうてん)めがけてガツンとひとつくらわせました。
オオカミは、その場にたおれて死んでしまいました。
それからふたりは、ナイフとはさみをさがしてきて、オオカミのからだを切りひらいて、おやゆび小僧をひっばりだしました。
「ああ、おまえのために、どれほど心配したかしれないぞ」
と、お父さんがいいました。
「お父さん、ぼくだってずいぶん、ほうぼう歩きまわってきたよ。こうしてまた、きれいな空気がすえてうれしいよ」
「いったい、どこへいってたんだい?」
「お父さん、ぼくね、ネズミの穴のなかだの、ウシのおなかのなかだの、オオカミのおなかのなかだのにいたんだよ。そして、いまやっと、お父さんお母さんのところへかえってきたのさ」
「こんどはもう、世界じゅうのお金をもらったって、二度とおまえを売りはしない」
両親はこういって、かわいいおやゆび小僧を、だきしめました。
おしまい