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2月25日の日本の昔話

縛られ地蔵

縛られ地蔵
大岡越前の名裁き大岡越前とは?

♪音声配信(html5)
音声 スタヂオせんむ

 むかしむかし、室町の越後屋八郎右衛門の店に出入りしている人間に、弥五郎という荷担ぎがいました。

 ある暑い日の事、弥五郎は松戸郷から室町の越後屋まで、白木綿を運んでいました。
 その途中、本所中の郷(→今の浅草)というところにさしかかると、あるお寺の大きな木の下に石のお地蔵さんあったので、弥五郎は、
「ああ、ちょうどいい木陰があるぞ。お地蔵さま、ちょいと休ませてもらいますよ」
と、一休みしたのですが、あまりにも疲れていたので、そのまますっかり眠り込んでしまったのです。

 さて、弥五郎がふと目を覚ますと、もうすっかり日が傾いていて、通りには人気がありませんでした。
「いけねえ! 寝過ごした!」
 弥五郎はすぐに出発しようと、そばに置いたはずの荷物を探したのですが、どうした事か荷物がないのです。
「しまった! 荷物を盗まれた!」
 あわてた弥五郎は、近くのお寺に飛び込んで、
「すみません! おれの荷物、白木綿の反物を持ち去った者を見ませんでしたか!?」
と、たずねましたが、お坊さんは気の毒そうな顔をしながら、
「さあ、そういう者は見なかったねえ」
と、言うのです
 弥五郎は仕方なく手ぶらのまま室町の越後屋へ帰ると、今までの訳を話しましたが、
「何だって?
  昼寝をしていて、荷物を持っていかれただって!?
 はん!
 そんなマヌケな話を、誰が信じるもんか。
 おおかた、勝手に売り払って博打(ばくち)にでも使ったんだろう。
 まあ、どっちにしろ、無くなった荷物の代金はべんしょうしてもらうよ」
と、言われて、弥五郎はすっかり困ってしまいました。
 べんしょうしようにも反物は五百反もあったので、そんなにたくさんの白木綿を弥五郎一人でべんしょう出来るはずがありません。
 荷担ぎの元締めにも相談してみましたが、元締めの生活も楽ではないので、代わりに弁償する事は出来ませんでした。
「思えば、自分が油断して寝込んでしまったのがいけなかったな。この上は、死んでおわびをするしかないか」
 そこで弥五郎は、親しい友人に最後の別れを言いに行ったのです。
 するとその友人は、弥五郎にこう言いました。
「このマヌケ!
 お前が死んでも、残された元締めや家族や親類に迷惑がかかるだけだろう!
 それよりも死ぬ覚悟があるのなら、南町奉行所の大岡さまに訴えてみろ。
 いそがしいお方だから、ただの町人が行っても簡単には会ってくれないだろうが、一歩も動かず何日も死ぬ気で訴えりゃ、その内に大岡さまが直々にお取り調べとなって万事うまく治めてくださるさ」
 弥五郎はそれを聞くと大喜びで奉行所へ行き、大きな門の前で声を張り上げて言いました。
「わたしは室町の越後屋さんに出入りしている、荷担ぎの弥五郎と申す者でございます!
 本所中の郷の石地蔵の前で居眠りをしていたところ、大事な荷物を何者かに持ち去られてしまいました!
 越後屋さんは反物を弁償しろとおっしゃいましたが、五百反もの白木綿を弁償出来るあてもありません!
 この上は入水しておわびをと決心しましたが、わたしが死ねば責任は荷担ぎの元締めにふりかかってしまいます!
 おいそがしいとは思いますが、どうか大岡さまじきじきのお取り調べをお願い申しあげます!
 お聞き届けいただけない時は、身を投げて死ぬ覚悟でございます!」
 友だちの言った通り、ただの町人の弥五郎が行っても、なかなか越前には取り次いでもらえませんでした。
 しかし弥五郎が三日の間、物も食べずに座り込んで頑張っていると、役人がやっと弥五郎の事を越前の耳に入れたのです。
 すると越前は、やっていた仕事を中断して、
「人の命を救う事より、重い仕事はあるまい」
と、さっそく弥五郎を呼んで、事の次第を詳しく聞いてくれたのです。
 越前は弥五郎の話を聞き終わると、少し考えてこう言いました。
「ふむ、なるほど、あいわかった。
 地蔵菩薩といえば、国土を守る仏である。
 その方は地蔵に預ければ安心と思い、荷を下ろして休んだのであろう。
 その方の油断にも責任があるが、地蔵ともあろう者が目の前で盗みを働く者を見て見ぬふりをするとはけしからん。
 さっそく縄をうち、引っ捕らえて取り調べをせねばならん。
 あるいはこの地蔵こそ、盗人とつるんで悪事を働いているのかもしれぬぞ」
 それを聞いた弥五郎は、
(地蔵さまが悪いとは。・・・このお奉行さま、大丈夫かな?)
と、思いましたが、ここまでくれば、全てを越前に任せるしかありません。
 やがて越前の命令により、お地蔵さんは縄でぐるぐる巻きにされ、大八車に乗せられて両国の方へとガラガラと引かれていきました。
 この、越前がお地蔵さんをお取り調べになるという話はたちまち評判になり、江戸中から町民たちがぞろぞろと集まってきました。
 やがてお地蔵さんは奉行所に到着し、ついてきた野次馬たちも大八車のあとについて奉行所に入っていきました。

 さて、お白州に引き出されたお地蔵さんに、越前は恐い顔をして言いました。
「その方、人々から南無地蔵大菩薩と尊敬をうけ、人々を慈悲にて救わねばならぬ身でありながら、目の前で盗みを働く者を見過ごすとは不埒千万である。
 盗みを知っていて止めぬは、盗人と同じであるぞ。
 さあ、今すぐ盗賊の事を白状いたせ。
 さもなくば、入牢申しつけるぞ!」
「・・・・・・」
 越前はお地蔵さんの返事を待ちましたが、むろん、石のお地蔵さんは返事をしません。

 さて、事の次第を見物していた野次馬たちは、このおかしなやり取りにあきれてひそひそと話しはじめました。
「大岡さまは、いったい何のつもりだ?」
「まさか本当に、お地蔵さまを罰するつもりだろうか?」
 するとそのひそひそ話を聞いて、越前が言いました。
「この者たちは何じゃ!
 お白州に勝手気ままに入り込み、吟味を見物するとは不届き千万。
 前後の門を閉じよ!
 一人も逃すな!」
 さあ、野次馬たちはびっくりです。
 みんなは名前や住所を調べられると、いったんは家に帰してくれましたが、あとできついお仕置きがあるぞと、全員がきびしく言い渡されたのです。

 それから半月ほどたって、奉行所からお達しがありました。
《奉行所に勝手に入り込むことは、不届きである。
 重罪を申し付けてもよいが、もとは白木綿の吟味から始まった事ゆえ、白木綿一反の罰金で許す事にする。
 三日のうちに、持参いたせ》
 野次馬たちは牢屋に入れられるのではないかと思っていたので、そんな事で済むのならばと、みんなほっと胸をなでおろしながら奉行所へ白木綿を持って行きました。
 こうして三日のうちに、白木綿の反物が山と積みあげられたのです。
 そこで越前は、弥五郎を呼んできて尋ねました。
「弥五郎よ。この中から、盗まれた反物を見分ける事が出来るか?」
「はい。盗まれた反物は、しかと覚えています」
 そこで弥五郎が反物を調べていくと、中に二反だけ、盗まれた反物が混じっていたのです。
 すると越前は、その反物を持ってきた町人に、
「これを、どこで買い求めたのだ?」
と、尋ねて、さらに売り主を問い正したところ、本所表町に住む者が盗賊と判明したのです。
 こうして盗まれた反物は、そっくりそのまま戻ってきました。
 越前は弥五郎に反物を渡して、こう言いました。
「これはその方に返すゆえ、今後は油断して地蔵に苦労をかけてはならんぞ」
 また野次馬たちから集めた反物も、持ってきた者たちに返しました。
「その方らの協力により、無事に盗賊を見つける事が出来た。
 これらの反物は、その方らに返そう。
 また地蔵も赦免申しつけるゆえ、中の郷に持ち帰り安置するように。
 ・・・うむ。これにて、一件落着!」

 さて、この話はたちまち知れ渡り、このお地蔵さんに頼めばどんな事でも願いが叶うと評判になりました。
 そして越前のお裁きにちなんで荒縄で地蔵をしばり、
『願いが叶ったら、縄を解きます』
と、願を掛けるようになったということです。

おしまい

→ 物語の舞台の「天台宗 南蔵院」

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