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3月5日の日本民話 2
上高地の桜の精
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むかしむかし、上高地(かみこうち→長野県松本市)の桜林に、一人の美しい若者がやってきました。
若者は近隣の村々でも有名な美男子で、娘たちのあこがれの的です。
「ああ、なんと見事な桜だ」
桜はちょうど満開で、若者はその美しさにうっとり見とれながら言いました。
「桜よ、お前は一体誰に見てもらうために咲いているのだ」
するとどこからやって来たのか、絵に描いた様な美しい女の人が若者の前に現れて、にっこり微笑むとこう言うのです。
「桜は、あなたの為に花を咲かせているのでございます。
あなたの様な美しいお方の為なら、どんな桜でも喜んで花を咲かせましょう」
女の人は何とも言えない良い香りを漂わせながら、若者に近づいて来ました。
(この女の人は、桜の様に美しい)
若者は美しい女の人に見とれながら、満開の桜の下で夢の様なひとときを過しました。
やがて日が暮れて若者が帰ろうとすると、女がにっこり微笑みました。
「明日もまた、来て下さいね」
「もちろんだ、約束しよう」
桜林を出た若者は、ふらふらと魂を抜かれた様な足取りで村へと帰っていきました。
「おい、どうした? 血の気のない顔をして、具合でも悪いのか?」
心配した村人が声をかけても、若者は何も答えませんでした。
翌日、若者の様子が気になった村人たちが若者の家へ行くと、若者は自分の家の桜の木の下で死んでいるではありませんか。
死んだ若者の顔には、微笑みが浮かんでいます。
「かわいそうに、この男はきっと、桜の精に惚れられてしもうたんじゃな」
「ああ。だが、幸せそうな死に顔じゃ」
村人たちは死んだ若者に手を合わせると、桜の木のそばに若者のお墓を作ってやりました。
おしまい
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