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5月9日の百物語

キンモクセイの妖怪

キンモクセイの妖怪

日本語 ・日本語&中国語

→ キンモクセイの説明(10月6日の誕生花)

※本作品は、読者からの投稿作品です。 投稿希望は、メールをお送りください。→連絡先

制作: フリーアナウンサーまい【元TBS番組キャスター】

※朗読の文章は下にあります。

 むかし、一人暮らしの侍の屋敷に、知り合いの老人がたずねてきました。
 二人が障子(しょうじ)を開けて、月をながめながら酒を酌み交わしていると、時々キンモクセイの甘い香りが風に乗って流れてきます。
「ああ、何て良い香りだ」
 老人がそう言って庭の方をながめると、大きなキンモクセイの木のそばに、白い着物を着た若い女が立っていました。
 青白い顔をした若い女は、じっとこちらを見ています。
(おかしいな。少し酔っ払ったかな?)
 老人が目をこすって若い女をさらに良く見ようとした時、その若い女がいきなり風の様に飛んで来て、老人の前にぬうっと顔を突き出しました。
「うひゃ!」
 老人は思わず身をのけぞりましたが、隣にいた侍は少しも驚かずに言いました。
「こら! 客人の前で失礼な。さっさと消えないと、たたき切るぞ」
 そのとたん、若い女はスーッと離れて行き、キンモクセイの木のかげに消えました。
 老人はホッと胸をなでおろすと、侍にたずねました。
「さっきのあれは、何者です?」
「さあ、何者でしょうか? よくは知りませんが、キンモクセイの花が咲く頃になると、毎晩の様にああやって出て来ます」
「毎晩? ・・・失礼だが、怖くはないのですか?」
「悪さはしないので、別に何ともありませんよ。さあ、それよりも、どんどんやってください」
 侍は老人のさかずきに、新しいお酒をつぎました。

 老人は気を取り直してお酒を飲み始めましたが、それからしばらくすると、また若い女が出て来て、今度は縁側の前を行ったり来たりする様になりました。
 若い女は歩くでもなく、氷の上を滑る様にすすーっと動き回るのです。
 老人は手が震えてお酒を飲むどころではなく、青い顔で若い女を見ていました。
 すると若い女は老人をからかうかの様に急に立ち止まると、老人の前に顔を突き出してニヤリと笑いました。
「ひぇー!」
 老人はびっくりして、持っていたさかづきを落としてしまいました。
「消えろというのに、まだわからんのか!」
 侍は刀を抜くと若い女に切りつけましたが、若い女はフワリと身をかわすと、ゆっくりと逃げて行きます。
「待て!」
 侍は裸足のまま庭へ飛び降りると若い女を追いかけましたが、若い女は『早くおいで』と言わんばかりにニヤリと笑い、そのままキンモクセイの木のかげに消えてしまいました。
 侍は若い女が消えた辺りをしばらく調べていましたが、やがてガッカリした顔で戻って来ました。
「たたき切るつもりでしたが、見失いました。全く、しようのないやつで」
「いくら何でも、殺すのはかわいそうですよ」
「とんでもない。
 見ての通り、あれは化け物ですよ。
 あいつは戸が開いていれば部屋の中にも入って来るし、油断すると寝ている布団の上に座るしまつ」
「なんと! さっきも聞いたか、お前さんは怖くはないのですか?」
「まあ、確かに最初は怖かったですよ。
 しかし、急に現れる以外に悪さをするわけでもないし、もう、なれっこになりました。
 そうそう、刀で切りつけても手ごたえはありませんが、切りつけるとしばらくは出て来ません」
 話を聞いた老人はここにいるのが怖くなり、お酒のお礼を言うとすぐに屋敷を出て行きました。

 屋敷を出た老人が屋敷を振り返ると、塀(へい)の上までキンモクセイの木が伸びていて、その花の甘い香りがふんわりと流れてきました。
「キンモクセイの妖怪か。いかに悪さはしないとはいえ、よくこんな屋敷に住めるものだ」
 その時、ポキッ、ポキッと、枝を折る音がしました。
 老人が塀の破れめから恐々中をのぞいてみると、さっきの若い女が木に登って、さかんに枝を折っています。
 若い女は老人に気づくと、またもニヤリと笑いました。
「ひぇー!」
 老人は震え上がると、あとも見ずにかけだしました。

 それから数日後、老人のところに、あの侍が死んだとの知らせがありました。
 侍の屋敷にかけつけた老人がふと庭のキンモクセイの木を見ると、あの若い女がやったのか、キンモクセイの枝が全て折れていて、木は枯れていました。
 しかしキンモクセイの木は枯れているのに、侍の屋敷はキンモクセイの甘ずっぱい香りがいつまでもたちこめていたそうです。

おしまい

キンモクセイの妖怪(朗読の文章)

 むかしむかし、ある町に、ひとりのさむらいが住んでいました。
 ある日、さむらいの屋敷に知りあいの老人がたずねてきました。
 その夜は月も大きく、二人は障子(しょうじ)をあけて、月をながめながら酒をくみかわしました。
 ときどき、キンモクセイの花の甘い香りが、風にのって流れてきます。
「なんていい香りだ」
 そういって、老人が庭の方をながめたときです。
 大きなキンモクセイの木のそばに、白い着物を着た若い女が立っていたのです。
 青白い顔に長い髪をふり乱して、ジッとこちらを見ています。
(おかしいな。少し酔っぱらったかな)
 老人が、目をこすって立ちあがろうとしたとき。
 その女が、いきなり風のように飛んできて、老人の前にぬうっと顔を出しました。
「うひゃ!」
 老人は思わず身をのけぞりましたが、さむらいは、いっこうにおどろきもせず、
「客人の前で失礼な! さっさと消えないと、たたき切るぞ!」
と、いいました。
 そのとたん、女はスーッとはなれ、キンモクセイの木のかげに消えました。
「やれやれ」
 老人はホッと胸をなでおろすと、さむらいにたずねました。
「あれはなに者です?」
「さあ、なに者でしょう? 夜になると、いつもああやって出てきます」
「失礼だが、こわくありませんか?」
「べつになんともありません。気にしないで、どんどんやってください」
 さむらいは、老人のさかずきに新しい酒をつぎました。
 ところが、しばらくするとまた女が出てきて、今度は縁側の前を行ったり来たりするようになりました。
 歩くでもなく、すべるでもなく、フラフラと動きまわるのです。
 老人は、もう酒を飲むどころではなく、ブルブルとふるえながら女を見ていました。
 女はきゅうに立ちどまると、老人の前に顔をつき出し、ニヤリと笑いました。
 背筋がゾーッとして、老人は思わず息を飲み込みます。
「消えろというのに、まだわからんのか!」
 さむらいは、いきなり刀を抜くと、女に切りつけましたが、女はフワリと身をかわすと、ゆっくりと逃げていきます。
「待て!」
 さむらいははだしのまま庭へとびおり、女を追いかけました。
 女は、「早くおいで」といわんばかりに、ときどきうしろをふり返り、キンモクセイの木のかげに消えました。
 さむらいは、しばらく女の消えたあたりをさがしていましたが、ガッカリした顔でもどってきました。
「とうとう見失いました。まったく、しようのないやつで」
「いくらなんでも、殺すのはかわいそうですよ」
「とんでもない。あれは化けものですよ。戸があいていれば部屋の中にも来るし、布団の上にもあがってきます」
「なんと! さっきも聞いたか、おまえさんはこわくないのですか?」
「そりゃ、はじめはこわかったですよ。でも、べつに悪さをするわけでもないし、もう、なれっこになりました。刀で切りつけても手ごたえはないし、追えば風のように逃げだすし」
 それを聞いて、老人はここにいるのがこわくなり、酒のお礼をいってすぐに屋敷を出ました。
 月はあいかわらず、頭の上でかがやいています。
 ふと顔をあげると、塀(へい)の上までキンモクセイの木がのびていて、その花のにおいが流れてきます。
 その時、ポキッという、枝を折(お)るような音がしました。
 老人が、塀の破れめからこわごわ中をのぞいてみると、さっきの女が木にのぼって、さかんに枝を折っています。
 老人と目があったとたん、女はまたもニヤリと笑いました。
 老人はもう、あとも見ずにかけだしました。
 ふしぎなことに、女はその日から毎晩、キンモクセイの枝を折るようになりました。
 さむらいが気にもとめないでいたら、とうとう全部の枝を折ってしまい、木を枯れさせてしまいました。
 同時に、女はもう二度と姿を現すことがありませんでした。
 それからまもなく、さむらいが死んだという知らせがありました。
 老人がかけつけたとき、キンモクセイの木も花もないのに、あの甘ずっぱいにおいが屋敷じゅうにたちこめていたそうです。

おしまい

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