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      1月31日の日本民話 
        
           
  幽霊のたのみ 
  大阪府の民話 → 大阪府情報 
       むかしむかし、大阪の上本町(うえほんまち)に、夜になると若い女のゆうれいが現れて、道行く人々を追いかけてくるという、うわさがたちました。 
   ですから、町の人たちは日がくれると早やばやと戸じまりをすませて、家から外へ出ないようにしていました。 
   ある夜ふけの事です。 
   用事で出かけていた十作(じゅっさく)という男が、五平(ごへい)というお供の者をつれてかえってくると、 
  「お待ちください、お待ちください」 
  と、後ろからよびとめる者がありました。 
   若い女の声ですが、十作がふり向いてみても、だれの姿も見えません。 
  「はて。おかしいな? だれもおらぬぞ。お前にはきこえなかったか?」 
   十作が後ろにいる五平にたずねると、五平はブルブルとふるえながら、 
  「はい、きこえました。たしかにきこえました。うらめしそうな女の声です。町の者たちがうわさをしている幽霊(ゆうれい)かもしれません」 
  「うむ。声はすれども、姿は見えぬか。わしのような無骨(ぶこつ→れいぎをしらないもの)な者には、幽霊も姿を見せぬのだろう」 
   十作はそんな冗談をいいながら、夜道を歩き出しましたが、 
  「お待ちください、お待ちください」 
   また、よぶ声がきこえたのです。 
   ふりかえると、道のまん中に、年のころは二十歳ばかりの女の人がたっていました。 
   顔は青ざめて髪をみだし、腰から下は暗くてよく見えません。 
   十作はあまりおどろきませんでしたが、五平は、 
  「わっー!」 
  と、声をあげて、十作の後ろにかくれました。 
  「おぬし、何の用があってよびとめるのじゃ。動くな! それより近くによれば、きりすてるぞ!」 
   十作は、腰の刀に手をかけながらいいました。 
  「お待ちください。わたしはこの近くの者です。あるお店のだんなさまと好きあうようになりましたが、その方の奥方(おくがた→奥さん)にうらまれて殺されたのです。夜ごとこのあたりを歩いては、人をよぶのですが、みな、わたしの姿におどろいて逃げてしまいます。でも、あなたさまは足をとめてくださり、うれしゅうございます。どうか、わたしの力になってください」 
   若い女のゆうれいは、青白いなみだを流しながら言いました。 
  「話はわかったが、力になってくれとはどういうことじゃ? まさかわしに、その奥方に仕返しをしてくれと言うのではなかろうな。そんな事は、わしには何の関係もない事。ごめんこうむる」 
  「・・・・・・」 
  「もう、だれもうらまないほうがよい。ここであったのも何かの縁。わしがそなたをねんごろにとむらってやるから、こんなところに出て来るなよ」 
   十作がいうと、女のゆうれいはうれしそうに、 
  「それは、ありがたいことです。けれどもその前に、お頼みしたいことがあるのです。実はわたしのおなかに子がやどっています。わたしは死んでいるのに、おなかの子は元気にそだっているので、だんだん苦しくなってきます。どうかその刀で、わたしのおなかをやぶって子どもを出して、わたしを楽にさせてください」 
  「なんと・・・」 
   さすがの十作も、これにはおどろきました。 
   そして、ゆうれいのおなかに目をやりました。 
   腰から下は暗くてよくはわかりませんが、そう言われれば、なんとなくおなかのあたりがふくらんでいるようにも思えます。 
  「しかし、そんな事は頼まれても、わしにはできぬ」 
   十作はことわると、そのまま歩きさろうとしました。 
   すると若い女のゆうれいは、それこそうらめしそうなほそい声で、 
  「この事、かなえてくださらなければ、これからはいつまでも、あなたさまをうらみますよ」 
  と、いうのです。 
   たまたま出会った幽霊の身の上をきいてやったばかりに、うらまれて、これからもずっとつきまとわれるなんて、そんなバカげた話しはありません。 
   これこそ、さかうらみというものです。 
   十作ははらがたちましたが、でも考えてみれば、気の毒な気もします。 
  「よかろう。その願いかなえてやろう」 
   十作は決心をすると、わきざしをぬいて、幽霊のそばへよっていきました。 
   そして、半分見えないおなかのあたりにわきざしのきっさきをつきいれて、ぐいと横にひきました。 
   空気をきるようで、なんの手ごたえもありません。 
   あいては幽霊ですから、血もでません。 
  (きっている気がせんが、これでよいのか?) 
   ところが若い女の幽霊は、ほっとした顔をしながら、 
  「ああ、ありがとうございました。これですっかり楽になりました」 
  と、いうと、かき消すようにやみの中へきえていきました。 
  「うむ、じょうぶつせいよ」 
   十作は刀をしまうと、お供の五平をつれて家へと帰っていきました。 
   その日以来、十作はこの道を通ることはありませんでしたが、その後このあたりでは、元気のいい赤んぼうのなき声と、その子をあやす若い女の声がきこえてくるという事です。 
      おしまい 
                 
         
        
        
       
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