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    福娘童話集 > きょうの日本民話 > 12月の日本民話 > 家出人の身がわり 
      12月13日の日本民話 
          
          
         
  家出人の身がわり 
  東京都の民話 → 東京都情報 
       むかしむかし、江戸(えど→東京都)の神田(かんだ)の鍋町(なべちょう)に、一軒のこまもの屋(→雑貨屋)があって、十四、五才になる調市(ちょういち)という小僧(こぞう)がはたらいていました。 
   ある年の十二月十三日の夕方、仕事のすんだ調市が、 
  「だんなさま、おふろにいかせてもらいます」 
  と、店の主人に言って、手ぬぐいとおけを持って近くの銭湯(せんとう)へ出かけていきました。 
   ところがしばらくたって、主人がなに気なく店のうら口をのぞくと、だれか若い者が中をのぞくようにしてたっています。 
  「そこにいるのはだれだい? 用があるなら中へお入り」 
   主人が声をかけると、若い者はなれた足どりで店の中へ入ってきました。 
   見ると、いまさっき銭湯へ出かけたばかりの調市です。 
   しかし、そのかっこうは旅姿で、わらつつみとつえを持っています。 
   顔もうすよごれていて、どうみても旅からもどってきたばかりという感じです。 
  (たしかさっき、手ぬぐいとおけだけで出かけたはずだが) 
   主人は首をかしげましたが、その事にはふれず、 
  「さあ、わらじをぬいで、足を洗うがよい」 
  と、調市をあたたかくむかえてあげました。 
  「ありがとうございます。本当に長いあいだ勝手をしてすみませんでした」 
   調市は井戸ばたにいって手足をあらうと、わらつつみにしてあった、じねんじょ(→ヤマイモ)をおぼんにのせて、主人の前にもどってきました。 
  「これは、おみやげでございます」 
  「・・・? そうかい。めずらしいものをありがとう」 
   にこやかにうけとったものの、主人はますます不思議に思い、 
  (まさか、キツネが化けているのでは?) 
  と、調市をつくづくながめました。 
   でも、どこから見ても調市にかわりがありません。 
   主人はなにくわぬ顔で、たずねました。 
  「ところで、今までどこにいたのかね?」 
  「はい、秩父(ちちぶ)の山にずっといて、けさ早く出て来ました。だまって店をぬけだすなんて、本当に申し訳ありませんでした。これからは心を入れかえて働きますから、どうかゆるしてください」 
  「??? ・・・そうかい。まあ、すんだことはしかたがないな。・・・で、いつ店を出たのだ?」 
  「?」 
   主人の言葉に、今度は調市が首をかしげました。 
   店の人間がだまって家出したのを、知らないわけがないからです。 
   それも、一番いそがしい年のくれです。 
  「はい、だんなさまもこぞんじのように、去年(きょねん)の十二月十三日、ちょうど、すすはらいをした日の夜です」 
  「なるほど。それで秩父では、何をしていた?」 
  「はい、大きな宿屋(やどや)で働いていました。なにしろお客さまが多くて、目の回るいそがしさでした。でもどういうわけか、お客さんは出家(しゅっけ→今までの生活をすてて、坊さんになること)された人ばかりでした。でもそこで、わたしもいろいろとめずらしいものをごちそうになりました。出家された人たちですから、生ものは出しませんが、おいしい山菜がどっさりと。そうそう、このじねんじょもすって食べると、とてもおいしいですよ」 
   作り話しのようにも思いましたが、調市がうそをつくような人間でないことは、主人もよくわかっていました。 
  「しかし、なんだってそんなところへいったのだ?」 
  「はい、それが、わたしにもよくわからないのです。けっして、このお店で働くのがいやになったというわけではありません」 
   調市の話しによると、すすはらいがすんで銭湯に出かけていったら、その途中、急に風がふいてきて飛ばされそうになったといいます。 
   あわてて近くの木にしがみついたのですが、そのまま空へ飛ばされて、ハッと気がついたら山の中にいて、だれかが調市をのぞきこんでいるのです。 
   それが宿屋の主人で、調市の話しをきくと、 
  「ここは秩父の山の中だ。しばらくわしの宿にいて、来年になれば店にもどればいい」 
  と、調市を自分の宿屋につれていってくれたのです。 
   とてもしんせつな主人でしたので、調市も逃げだすわけにもいかず、店の仕事を手伝っていたのです。 
  「ところが、きのうの事です。宿屋の主人がわたしをよんで、『あす、江戸にかえしてあげるから、おみやげにじねんじょを持っていくといい』と、わざわざ自分でほって、わらつつみにしてくれました。そのほかの事は、さっぱりわかりません」 
   調市はそこまでいうと、なつかしそうに店の中を見回しました。 
  (なるほど、不思議な話しだ。・・・でも、それならばさっき銭湯にでかけた調市は、いったい何者だろう?) 
   主人はまた、首をかしげました。 
  と、いうのは、去年のくれ、調市が何者かの手で秩父の山へつれていかれたというのに、こまもの屋の店では、一日もかかさず調市が働いていたからです。 
   調市の話しが本当だとするなら、だれかが調市になりすまして、この店で働いていたことになります。 
  (銭湯にいった調市が、もうそろそろもどってくるころだ) 
   主人は銭湯にいった調市を待っていましたが、どうしたことか、銭湯にいった調市は二度ともどってはきませんでした。 
  (こんな事をするのは、テングのしわざにちがいない。調市を秩父の山にはこび、じぶんが調市になりすましていたのだろう) 
  と、主人は考えました。 
   その後、調市はいつものとおり、こまもの屋でせっせと働いたという事です。 
      おしまい 
                 
         
        
        
       
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