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8月21日の日本民話
井戸から聞こえる悲鳴
秋田県の民話 → 秋田県情報
むかしむかし、羽後の国(うごのくに→秋田県)の大館(おおだて)に、長山武太夫(ながやまぶだいゆう)という剣の名人がいました。
その名は国中に知れわたり、武太夫の道場には全国から入門を願い出る者が大勢集まってきました。
武太夫は気だてのいい奥さんと数多い弟子に囲まれて、とても幸せでした。
ところが武太夫には一つだけ、人に言えないなやみがありました。
それは一人娘のみさおが生まれて一年もたつというのに、泣きもしなければ笑いもしないのです。
あちこちの医者や占い師にも見てもらいましたが、どうして声を出さないのか、さっぱりわかりません。
それでもみさおは病気一つせずに、すくすくと育っていきました。
さて、みさおが二歳になった春の日の事、女中のお松があたたかい庭先でみさおをおぶって子守りをしていました。
庭のすみには大きくて深い井戸があり、水面はいつも鏡のようにすんでいます。
お松も年頃の娘なので、ときどき井戸に自分の姿をうつしては身だしなみをととのえたりしていました。
今日もお松は、みさおをおぶったまま井戸をのぞきました。
するとそこには、若い娘の顔がありました。
色が白くて目が大きく、とても美しい顔です。
「きれい。まるで、わたしの顔じゃないみたい」
お松はうれしくなって笑いかけると、水面の顔も笑います。
それを何度かくりかえしているうちに、背中のみさおが「くすっ」と笑ったのです。
「おや、みさおさまが声を出したぞ」
お松はもう一度みさおを笑わせようとして、井戸の上に身を乗り出すと、
「ほれほれ、みさおさま、ばあーっ」
と、肩をゆすったとたん、みさおがするりと井戸の中へ落ちたのです。
「しまった!」
あわてて助けようとしましたが、お松の力ではどうする事も出来ません。
「だれかー! だれか来てー!」
お松の悲鳴を聞きつけ、武大夫や弟子たちが庭へ飛び出してきました。
「どうした!」
「み、み、みさおさまが・・・」
お松はふるえる手で、井戸の中を指さしました。
すぐに弟子の一人が井戸に飛び込み、水の底に沈んでいたみさおを助けあげました。
「水をはかせろ!」
「からだを温めろ!」
みんなは必死でみさおを介抱しましたが、駄目でした。
武太夫と奥さんは冷たくなったみさおにとりすがって、声をあげて泣きました。
あまりの出来事に、お松はぽかんとつっ立っています。
やがて立ちあがった武太夫は、すさまじい顔でお松をにらみつけると、
「お松、よくも大切な娘を殺してくれたな!」
と、言うなり、お松の顔を力いっぱいなぐりつけました。
「許してください! 許してください!」
でも武太夫の怒りはおさまらず、お松を引きずり起こすと井戸の中へ突き落とし、近くにあった大きな石を持ちあげて、お松の上へ力いっぱい投げ込んだのです。
「ぎゃあーっ!」
お松の悲鳴が、井戸の中からわきおこりました。
それには弟子たちもおどろき、
「先生、このままではお松が死んでしまいます」
と、言いましたが、武太夫は、
「かまわん、ほっておけ!」
と、言ったきり、みさおをだきあげて部屋に閉じこもってしまいました。
「お松を、はやくお松を助けるんだ!」
弟子たちが急いでお松を引きあげましたが、お松は血まみれになって死んでいたのです。
そんな事があってから、この道場におかしな出来事がおこるようになったのです。
夜中に、井戸の中から、
「ぎゃあーっ!」
と、いう悲鳴が聞こえてきたかと思うと、急に明かりが消えて部屋の中に血だらけのお松が現れ、武太夫の顔を見て笑いかけるのです。
「おのれ、まださまようているのか!」
武太夫が刀で切りつけましたが、まるで手ごたえがありません。
いかに剣の名人でも、幽霊を切ることは出来ませんでした。
怖くなった弟子たちは、みんな道場を出ていってしまいました。
そしてある晩、武太夫の屋敷が火事になり、武太夫も奥さんも召使いも一人残らず焼け死んでしまったのです。
今でもこの屋敷のあとには、お松の霊をなぐさめる小さな地蔵がたてられています。
そしてそばにある大きな石は、井戸から引きあげたものだということです。
おしまい
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